鬼麟
 けれど、ここで立ち止まっていればそれを露骨に言っているのと変わらない上に、緊張しているなどと見くびられる。
 踏み出した足に、もう立ち止まることはできないと言われている気がする。けれど、なるようにはなる、という安易な考えができるくらいには余裕があった。
 軽く深呼吸をしてから開いた扉から教室へと入る。ところで軽い深呼吸とはなんだ、とそこでまた雑念が生まれては消し潰す。
 やはりというか、なんというか、ここでもまた弊害となるのは視線で、予想はしていたものの、こう一点集中されると息が詰まりそうになる。
 廊下とは違い、容赦のないその好奇の目を掻い潜る。何故か一様に息を殺すその中で、妙に耳に響くのは自身の足音。

「じゃあ自己紹介を」

 先生の隣に立つと、落ちなかったチョークを渡される。
 それを手に黒板へと向き直り、自身の名前を書きながら考えを巡らせるも、特に思い付くことなどない。

篠原 棗(しのはら なつめ)です」

 取り敢えずではあるが、名前を口にする。
 それだけでいいものの、教室内には未だ私の二の句を待つ空気があり、とてもじゃないが終わりになどさせてくれそうにない。

「私は、あなた達と関わる気はないので、そのつもりでお願いします」

 途端に大きく開かれる目。
 そりゃそうだ。こんな自己紹介なんて、最早自己紹介と呼べないだろう。単に喧嘩を売っているともとれるその発言に、驚かないほうが無理である。
 自身の発言に対し、内心そう呟きつつも、覆すことなど何も無い。
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