鬼麟
 覚えていろよ、と心の中で倖に毒を吐いて今は見逃してやる。

「いいんだよ、なっちゃん。なっちゃんに彼氏なんていたらそりゃあもう、ねぇ?」

 ちらりと蒼は修人に視線を送るが、修人は静かに目を逸らして逃れる。
 蒼は怖いもの知らずなんだと、漠然と思ったことは内緒だ。
 彼氏なんて、できるわけないじゃないか。
 誰に愚痴るわけでもなく、心の中でそっと落とした言葉。溶け込んで、染み渡る頃に浮かぶのは炎に揺れる中、一人だけあの人に向かった背中。
 行かないで、と叫べればきっとあの儚い笑みを崩すことも、手を伸ばすことだってできたのかもしれない。振り下ろされた刀の先に付いた真っ赤な花弁は、彼と一体となって大輪を咲かす。

「仕方ないじゃん、あいつは……」

 生きているのか、それすらも解らない。
 誰よりも私に近かったのに。私は赤い着物を染める花弁に、身を投げるしかなかったのか。
 記憶に沈む意識を強引に引っ張り上げたのは、強く掴まれた肩の痛み。眉間に皺が寄るも、その手は一切の弛みはなく訊ねる。

「誰だ」

 短く落とされたのはそんな脅迫じみたもの。
 余計なことを口走ったと、今更後悔する。
 しかし、肩を掴む手をやんわりと払い除け、優しく置かれた温かい手が助け舟を出してくれる。

「人の人間関係にはあまり口出しするのは、如何なものかと思いますよ。たとえ若であっても」

 彼の仲介により、手を引くもののその目は微かに私の底を見ようと覗いている。
 だから私は悟られることのないように、その瞳から逃れようと前髪で隠してしまう。
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