鬼麟
 事なきを得た場の雰囲気に、倖はそのまま私の頭を撫でる。またしても子供扱いかと言ってやりたいが、若干先程の笑いが残っているのを震えた肩に察知してスネを軽く蹴ってやった。
 それを見て笑いながら腕に絡んでくる蒼の頭を押し退けると、携帯の着信音が部屋に響いた。軽快な音楽は蒼から漏れ出ているようで、彼はポケットから取り出したそれを躊躇いなく耳に当てた。

「んー、誰? はぁ? 知らないよー、いちいち覚えてないし。めんどくさいなぁ、僕知らない人と話す時間ないから」

 ブチッとこれまた躊躇いもなく通話を終了させる蒼。ほんの一瞬だけ悲しみを帯びた瞳に見えたが、瞬きをすればすぐにいつも通りの明るさを伴っていて見間違いだったのかと目を逸らす。
 きゅっと、腕に絡む彼の手の力が強くなり、明るい表情とは裏腹に申し訳なさを孕んだ声が謝罪を零した。
 なにに謝っているのか、問い掛けることをしないのは不用意に近付かれたくないその心を見透かしてのことだ。

「いい加減やめたらどうですか?」

 溜め息混じりに倖が蒼をたしなめて、ほんの数秒の沈黙が破られた。

「えー、だってあっちが来るんだもん。僕は誘ってないのにさ〜」

「いつまでもやめないからさっきのような者がいるんじゃないんですか」

「僕レオんとこ行って来る〜。すぐ戻るから〜」

 倖の何に対してか分からない忠告に、鬱陶しいとばかりに逃げて行く蒼。その表情は横顔しか見えなかったが、笑顔は抜け落ちて冷めきった瞳をしていた。
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