鬼麟
 蒼の背中はすぐに扉から消えてなくなり、あとに残ったのはどこか気まずい微妙な空気だけだった。

「......蒼、ああ見えて女遊びが一番激しい奴なんです」

 呆れを隠しもしないで吐露する言葉に、心配の色も含まれていた。下げた眉にどうしようもないと首を振る倖にかける言葉は見つからず、修人を見やれば彼もまた目を伏せていた。
 仲間だからこそ、無茶なことをしていなかと心配になるのだろう。
 倖は真っ直ぐに瞳をこちらに向けると眉を下げたままに微笑んだ。

「俺が言うのはおかしな話だとは思いますが、蒼のこと見捨てないでやってください」

 見捨てるもなにも、私は拾ったつもりもないのだとは言えなかった。誰かに重ねてしまったその姿に、けれど耐え切れずに目を逸らす。
 いつか消える私に、彼らの何かを変えるほど干渉したくはない。
 曖昧ではあったが、頷けばそれだけで良かったのかありがとうと言う言葉が耳に響いた。
 良い人たちなのだろうと思う。仲間思いで、何かを抱えていようとも、誰かを想えるほどの優しさを知っている。
 離れて間もないというのに、鬼龍の顔触れが脳裏に浮かんで懐かしいとすら思ってしまう。
 保健室を出れば風が湿気を帯びて頬を撫ぜるのに、夏が近くなって来ていると揺れる葉の青さに後悔した。どうにも流されやすいというのを理解していなかったのは私だけであったらしいと、以前の仲間に怒られる様を思い浮かべて現実逃避をすることにした。
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