猫耳少女は森でスローライフを送りたい
 ビーカーの中にたっぷりと満たされた純水。

 ……ありがとう、アクア。

 彼女に感謝をしてから、ありがたくポーションの濃度調整のために使わせてもらうことにする。
 できれば水を加える間中、ずっとスラちゃん鑑定を起動しておきたいんだけれど、大丈夫かしら?
 私は、瞳の水分を潤わせたら可能かなぁと思って、何度かパチパチと瞬きをする。

 ゴーグルとミトンは嵌めたままだし、準備よし!

 そして、ガラス棒を伝わせながら、今度は水を慎重に加えていく。
 ちょっとずつ、ちょっとずつよ……。
 鑑定状態の目を維持しながら、すこーしずつお水を加えていく。

【初級ポーション】
 詳細:濃いんじゃない? お腹痛くなりそうだよ。

 ……君のお腹の具合は聞いてないんだけどね、スラちゃん。

【初級ポーション】
 詳細:まだ濃いね。お腹がちくちくしそうだよ。

 ……そうか、君のお腹もちくちくするのか。木のお皿すら食べられるのに、謎だわ。

【初級ポーション】
 詳細:ほどほど? でも、具合の悪い人が飲むなら、もうちょっと優しい方がいいね。

 ……あら。ちゃんと優しい気遣いが。

【初級ポーション】
 詳細:あっ! いい! そこそこ! ストップ!

 わっ!
 急に、止めろと指示されて、私は慌てて水の入ったビーカーを水平に戻す。
「よし、これで完成! できたわ!」
 水のビーカーと、ガラス棒を作業台に置いて、ほうっと肩の力を抜いてため息をつく。
 水を加えてちょうど500mL分になった。

 うーんでも、もう一工夫。
 気持ちだけなんだけどね。

 初級ポーションが入ったビーカーに手をかざして、これを飲むであろう人のことを思う。
 そして、それを言葉にした。
「痛いの痛いの飛んでゆけ〜!」

 すると、初級ポーションがキラキラと輝いたのだ!

 ……あれ? 何かやっちゃった?

 せっかく作ったお薬が変質していても困るから、もう一回鑑定してみる。

【初級ポーション】
 詳細:優しい少女の癒しの願いの籠った逸品。チセって魔女か何かなの?

 ……あれ? 逸品ってことは、悪くはなってないのよね?
 じゃあ、売っても平気よね? むしろ効きは良くなってるはずだし……。
 でも、私は魔女じゃないわよ?

 その後、スポイトを使って、薬瓶十本にきっちり分けた。

 さて、これを村に持って行って、買ってもらって、買い物をしよう!
 そう思って、ワクワクと何を買おうか、石鹸欲しいなぁとか考えていた矢先のことだった。

 私の家のドアが、かなりの大きな力で、ドンドンと叩かれた。
「蜂蜜欲しくて蜂の巣狙ったら蜂さんに追いかけられてるの〜! 中に入れてよう! 匿って〜!」
 必死で救いを求める声も聞こえる。

 私とスラちゃんは視線を交わし、頷き合う。
 スラちゃんが急いで私の頭に乗り、そして私が扉もとへ走っていく。

 ばん!

 扉を開けると、あちこちに大きな赤いコブのできたクマだった。
 そして、背後からは、蜂の集団がモヤのように見えるほど追っかけてくるのが見える。

「早く入って!」
「ありがとう!」
 涙目のクマさんだけを家に招き入れて、扉を閉めた。

 そう思ったんだけれど、一匹の蜂がクマさんの周りをブンブン飛び回っている。
 クマさんは、立派な爪を出した手を振り回して、毛の薄い顔は守ろうと必死に対抗している。

 その蜂をみていたら、なんだか、私の耳に入ってくる独特の音や、その動きに、尻尾の付け根あたりがなんだかムズムズしてきた。
 ……あーん! ペシッとか、パクッてしたいわ!

 ぽふん! 
 私は、本能の赴くまま、衝動的に、猫の姿になった。
 お尻をふりふり、狙いを定めて。
 そして、床を蹴り、壁を蹴り、そして宙を飛んで、腕を伸ばして爪を出す。
 その先には、クマさんにまとわりつく蜂が一匹。

 私は、何も考えず、体の動くがままに、蜂をペシッと叩き落として、床にとん、と着地した。

 えーっと、後は猫の本能のままに、私がもて遊びました、とだけ皆様にはご報告しておこうかしら?
 ね? 聞きたくないよね?
 危ないお尻の針と、一本の脚を残して、蜂は残骸と化した。

 ぽふん、と私は元の獣人の姿に戻る。
 スラちゃんが頭の上に戻ってきた。
 自分の体をポフポフと触って確認してみる。
 衣類はそのままだし、髪の毛のセットもそのままで、ほっと一安心する。

 ……だって、戻ったら丸裸ってありそうじゃない?

 私は、この世界の親切設計に感謝をするのだった。
 ほっとしている私の元に、家に匿われたクマさんがやってくる。
「助けてくれて、ありがとう!」
「わわっ。いきなりは僕が落ちるぽよ!」
 ぎゅううっと抱きしめられた。そのはずみで、スラちゃんがぽよぽよ揺れて踏ん張っている。
「わあ、ごめんね」
 クマさんが、顔を上げて、スラちゃんに謝っている。
 その顔は、蜂に刺されて真っ赤っか。

「それより、まずはそのお顔の治療じゃないかしら?」
 そう。
 クマさんの体は体毛が長くて無事っぽいけれど、その代わりに顔を中心に蜂にいっぱい刺されてしまって真っ赤なのだ。
 とっても痛そうだわ。
 私は、クマさんの体をゆっくりと引き剥がして、両手を握る。

「ちょうど、初級のポーションを作ったところなの。虫刺されにも効くといいんだけど……」
 そうして、繋ぐ手を片手だけに変えて、促すように、治療のためにソファのほうへ移動するのだった。
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