猫耳少女は森でスローライフを送りたい
 私はクマさんの手を引いて、頭にはスラちゃんを乗せて、ソファへと向かう。
「ここに座っててね」
 奥側のソファをクマさんに勧めてから、向かい側にスラちゃんを載せる。
「スラちゃんも、ここで待っててね」

 そうして私は二人を後にして、まず、厨房へ行く。

 ……蜂に刺された時は、流水で洗うことと、針がないかチェックして、残ってたら取るのよね。
 後は、刺されて皮膚の中に入った毒液を搾り取る。
 よく、蛇や蜂毒を吸い取ろうとする人がいるようだけれど、それは口内に傷があったりすることがあるからダメだって聞いたことがある。

 そうすると、水の受け皿の大きめのタライと、針が残っていたときのためのピンセット……。
 ああ、あと、クマさんが濡れるだろうから、タオルが必要ね。
 抜いた毒を吸い取る小さな布切れと……。

 色々持って、今度はさっき初級ポーションを作った作業室に向かう。
 あそこには、出来立てのポーションがある。
 奥にある作業室に入り、作業台から一本取って、クマさん達が待つソファに戻った。
 そして、クマさんの傍に、膝立ちになる。

「アクア、いる?」
 部屋の中を眺めながら尋ねると、ふわりとアクアが姿を現した。
「チセ、何か御用かしら?」
 そうして、ふわふわと私のもとに飛んできて、顔を寄せてにっこり笑う。

「あのね、このクマさんが蜂さんに刺されちゃって、とっても痛いの。だから、まずは傷を水で洗い流して、その後、毒を絞り出したいの」
 そう説明すると、アクアはくるりと視線の向きを変えて、クマさんの顔を見る。

「きゃあ! なにこれ!」
「なにこれって、なによ! ひどい!」
 アクアがクマさんの顔の惨状に叫び声をあげると、クマさんから抗議の声が上がった。

 ……というか、クマさんは、「なによ!」って発言からすると、女の子なのかしらね?

 って、それよりも、早く毒を抜かなきゃ!
「二人とも、言い合いは後! まずは治療を優先するわよ」
 そう言って、二人を嗜めると、揃って大人しくなった。

 床まで水がこぼれないように、クマさんにタライを持ってもらう。
「アクア、優しく、クマさんの顔に綺麗なお水をかけて上げて」
「こうかしら?」
 アクアが、指先から水を放出し、蜂に刺された傷跡を順番に清めていく。
「うんうん、上手よ」
 私はアクアを褒めながら、針が残ってしまっているところがないかをチェックしたけれど、幸いそれは見つからなかった。

「一通り、傷は洗えたかしらね」
 アクアに尋ねると、うん、と頷く。
 私は清潔なタオルで優しく顔を軽く押す程度に水気を取る。

 さて、次が問題。
 私は、クマさんを正面からしっかり見つめる。
 すると、クマさんも私を真っ直ぐに見つめ返してきた。

「クマさん。今度のは痛いかもしれないけれど、必要なことだから、我慢してね?」
 クマさんが、ゴクリ、と唾を飲み込む音がした。
「……君を信じる。」
 でも、こくんと頷いてくれた。

 ……毒消しポーションがあればよかったんだけど。
 そうやって今嘆いても、ないものはないのだから仕方がない。

「今出来ることを、精一杯やると誓うわ」
 クマさんにそう伝えると、お互いに頷き合う。

「痛いかもしれないけれど、我慢してね。これから、腫れた患部から、毒を絞り出すわ」
 そう説明して、私は作業を開始する。
 腫れた刺された箇所を、一つ指で絞っては、ぷっくりと排出される毒液を布切れで拭き取っていく。

「んーーッ」
 患部を絞る指の力が強かったのか、クマさんが顔を顰めた。
「ごめんね。早めに毒を搾り取らないと、治りが悪くなるのよ」
 私は、痛い思いをさせていることが、とても申し訳なくて、クマさんに謝罪する。

 すると、クマさんはプルプルと首を横に振る。
 そして、ちょっぴり涙目で私を見つめる。
「大丈夫、ありがとう」
「もうちょっとの、辛抱よ」
 そうして、残りの数カ所の毒を搾りきった。

「よし! 毒の搾り出しは完了よ! あとは、ポーションで傷口を直すわ!」
 私が、ポーションの開けようとすると、治療の様子を見ていたアクアが口を挟んだ。
「ねえ。念のためにもう一回水で清めましょう? 拭き取ったとはいえ、少し肌に毒が残っていると思うのよ」
 そう言いながら、アクアがクマさんの顔を覗き込む。

「そうね。念には念を入れましょう。ありがとう、アクア」
 私がお礼を言うと、アクアの透明感のある肌が明るい朱色に染まる。
「ほっ、ほら。治療を急ぐわよ。早くしないとこの子、いつまでも痛いままでしょう!」
 照れたのか、私の視線から逃れるようにプイッとそっぽを向いて、クマさんの傷跡を水で洗い始めた。

 濡れた顔をタオルで拭って。
「ポーションをかけるから、目を瞑っていてね」
 クマさんに忠告すると、うん、と彼女が目を瞑って首を縦に振る。
 私はポーションの瓶の蓋を開けて、パシャパシャと、満遍なく顔にポーションをかけた。

「痛いの、痛いの、飛んでいけ〜」
 ポーションをかけながら、前世で母親にしてもらったように、お約束の文言を唱える。

「チセ、それは呪い(まじない)か何かぽよ?」
 私の頭の上に乗っているスラちゃんが聞いてくる。

「うーん、そうねえ。そこまでの効果はないのかも。でもね、私のお母さんが、私が怪我をして泣いていると、よくこうして『よくなあれ〜』ってやってくれたのよ」
 ふうん、とでも言うかのように、ぷるんとスラちゃんが頭上で揺れる。
 そして、クマさんもアクアも、みんなが唇に優しい笑顔を作っていた。
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