猫耳少女は森でスローライフを送りたい
 所変わって、ここは獣人国を治める赤竜王の王城である。
 左右背後を高い岩山に囲まれていて、城へつながる道は一本のみ。
 城下町と王城をつなぐ、遠く長いのぼり坂を辿ってようやく辿り着く、まるでそれは『天上の要塞』のような城だった。

 正しくは竜王族の城なのだが、()()()()殿()と言って敬う国民がいるほど、それは見事な城である。

 そんな城を住まいとするのは、現国王の赤竜王と、その家族達。
 そして、たくさんの竜族や獣人達を代表とした亜人たちが働いている。
 竜族達は基本、城の中では人型をとり、竜族の証であるツノを側頭部に一本ずつ持っていた。

 その王城の中、赤い毛足の長いカーペットの敷かれた長い廊下を、赤い髪の人型をとった竜族の少年が歩いていた。
 その少年は、人間で言えば外見十五歳ほど。
 赤い癖のある短い髪から灰色のツノを生やしている。瞳は澄んだ夏空のような蒼。
 訓練着のような服装に、剣を下げている。
 顔色にはやや疲れは見えるものの、足速に歩いていた。

 そんな彼が、騎士らしき姿をした竜族二人とすれ違う。
 そのうちの一人の顔を確認して、赤い髪の少年がこっそり舌打ちをする。

「これはこれは、アルフリート殿下。騎士団の訓練のお帰りで?」
 殿()()と呼ぶと言うことは、赤い髪の少年が、王族であるということである。
 そして、声をかけた騎士は、その装備からして一介の騎士に過ぎなかった。
 親しい間柄ならばともかく、殿()()からの許しなく、声をかけるなんてありえないのである。

「おい、やめろ」
 それを理解しているもう一人の騎士が、声をかけた騎士を嗜める。
「……」
 少年はその二人のやりとりに答えず、真っ直ぐに廊下の先を見据える顔の向きも変えなかった。

「……チッ。ハンパものの癖に、半分の血を以ってして騎士団に入るなんて……ドレイクの癖に」
「それ以上言うな! 王族への暴言と見做して捕えるぞ!」
 嗜めていた方の騎士が、暴言を放った騎士の腕を取って背中側に捻り、そのまま反対側の廊下の壁に顔から叩きつけた。

「……いい。放っておけ」
 赤い髪の少年が、興味もなさそうに呟いた。
「ですが、殿下! あなたは正当な赤竜王の第二王子殿下です! それを詰るなど……!」
「いいと言っている!……ただし、俺を擁護する王室そのものを軽視するようだったら、……その時には首を洗って待っていろ」
 そう警告すると、これ以上の口論は嫌だとでも言うように、赤い髪の少年は自室に向かって走っていった。


 アルフリートと呼ばれた少年は、自室に駆け込むと、ブーツを脱ぎ捨て、腰に下げている剣を鞘ごと床に放り投げる。
 そして、自分の体をベッドに投げ出した。

「ドレイク。……ドレイクの君、か」
 少年はベッドの上に仰向けに寝転がりながら、呟いた。

『ドレイクの君』、それは、竜族にしては体の小さい彼に対する蔑称である。
 ドレイクという、古竜より小さい竜族の亜種が、彼の蔑称の由来だった。

 彼は赤竜王の第二子で、れっきとした第二王子である。
 王太子である兄とは別腹ではあるが、家族の仲は悪くはない。
 兄の母である王妃は純血の竜族である。
 実母を亡くした彼に対して、義母である王妃は自分の産んだ息子と同じように愛してくれた。

 ただ、彼には、一部の竜族、特に、竜族の純血性を重んじる一部の者達からの風当たりが強かった。
 彼の母がエミリアという名の()()であったからだ。

 少し昔に遡る。
 赤竜王が、人間と魔族と戦い、獣人国を建国した。
 そのとき人間の国は、和解の証として、当時『聖女』であった少女を、半ば人質同然に赤竜王に献上したのだ。

 赤竜王と王妃は、そんな彼女を哀れに思ったことと、彼女の人柄、そして、人間と竜族など種族で分け隔てしない、賢く優しいその少女を愛すようになり、第二王妃として迎え入れたのである。

 王妃と第二妃の仲は良く、そして、赤竜王も王妃をたてながらも、二人の妃を平等に愛した。
 第二王妃となったエミリアは、赤竜王を敬愛した。
 その結果、エミリアから生まれたのが、アルフリートである。
 半分は竜族、半分は人間の聖女の血を引いている。

 アルフリートの髪は父親譲り、瞳は母親譲りである。
 ツノは、本来王族であれば漆黒なのだが、ハーフを表すかのように灰色である。

 第二王妃となったエミリアは、慈悲の心と聖女の力を以てしてこの獣人国に奇跡を施し、国民に認められ愛された。
 だが、竜族は王族ともなれば、寿命は二千年を超える。
 エミリアの寿命はあっという間に尽き、もはやこの世の人ではない。

 そして残されたエミリアの子である彼には赤竜王の子ほどの力もなく、聖女の子としての奇跡の力も持たなかった。
 唯一できるのは、光魔法の初級魔法、光の矢(ライトニングアロー)だけだ。

 国民は、聖女の死を嘆くと共に、失われた奇跡の力がその子、第二王子にはないと知って、彼への期待は失墜した。無論、勝手な話である。

「……ここは窮屈だな」
 アルフリートはぼんやりと呟くのだった。
< 14 / 50 >

この作品をシェア

pagetop