猫耳少女は森でスローライフを送りたい
「……ひどい!」
私は、その光景に涙が溢れそうになる。
「チセ! 泣いている場合じゃないぽよ! 自分にできることをするんだ!」
「自分に、できること……」
目の前に展開されるあまりの光景に、私の思考はぐるぐると無駄な方向へ回転する。
そういえば、私は仲間になった子たちから、いろんな力を継承していた。
「爪……」
目の前で、くまさんが駆け出していた。
「でやあぁぁーー!」
くまさんの体が、フォレストベアのそれに戻っていく。熊の体躯で二本足で走る彼女は、その両手に太くて鋭い爪を伸ばしていた。
私は、彼女からそれを継承していたことを思い出して、鋭利な爪を出して一緒に戦えないものかと願ってみた。でも、一度も使ってみたことも、練習したこともないそれは、私の願いを叶えてはくれなかった。
「チセ!」
スラちゃんが私を叱咤する声が聞こえる。
「チセ! 君にできることをするんだ! 君には召喚術があるだろう!」
スラちゃんの言葉尻が普通……。
いや、そうじゃない。
「そうだ。私には味方がいる! アクア! シラユキ!」
その、もっともこの場に有効そうな力を持っているアクアとシラユキの名を呼ぶ。
「「お呼び?」」
召喚されたアクアとシラユキが、にこやかな顔で現れたかと思うと、辺りの惨状を見てみるみるうちに険しい顔つきに変わった。
「チセ、これは一体……」
アクアが呆然としたように空を駆ける黒竜と、火のついた家屋を交互に見比べる。
「あれがどうしてこの村にきたのか、理由はよくわからないの。でも、私はこの村を救いたい」
私の言葉に、アクアとシラユキが頷いた。
「私は火のついた家を消火しに行くわ」
アクアがその場を離れて燃える家に移動すると、彼女の力で水を生み出して、消火し始めた。
「私は……力が及ぶかわからないけれど、アレに対抗してみるわ」
シラユキは、黒竜がいる方へと飛んでいく。
「ソックス」
そこで、アルがソックスの名前を呼ぶ。
「はっ、はい!」
尻尾を恐怖でブワッとさせたソックスが、アルの呼びかけに答えた。
「お前は男だな」
「う、うん」
「チセや村人を守れ。安全な場所への誘導でもいい。いいな?」
「……わかった」
ソックスの目が、すうっと細くなった。
怯えて膨らんだ尻尾が、元に戻っていく。
「任せた」
そう言うと、アルはくまさんの後を追うように、黒竜がいる方へと駆け出していった。
「でやあぁぁ!」
ちょうど黒竜が低空飛行になったタイミングで、くまさんが地を蹴ってその爪で肉薄する。
天から注ぐ光を受けて光る彼女の鋭利な武器は、ガキンと金属音を立てて弾かれた。黒竜の体表を覆う鱗の硬さには、彼女の爪の鋭さも敵わなかったのだ。
「なら俺が!」
アルが黒竜の前に姿を見せ、その体を赤竜のものに変えようとした、その瞬間。
「ほう、ドレイクの君が現れなさった。俺の勘はアタリってことですか」
「なっ。その呼び方に、その声……!」
一瞬、怯んだアルだったけれど、気を取り直してその体を生来のものへと変えていく。徐々に皮膚の上から硬質な鱗が覆い、人の形は竜の形へと変わっていく。アルの足元から生える影、その面積が増していった。
けれど、彼の体は黒竜の体の一回りか二回りも小さく、体力的には劣勢に見えた。
「……ガルドリード!」
竜形になったアルがその蒼い瞳で、ガルドリードと呼ばれた黒竜を睨めつける。
「これはこれは。お久しぶりです。アルフリート殿下」
赤と黒、二匹の竜が、空で羽ばたきながら対峙していた。
黒竜に攻撃をしようとその近くに居合わせた、くまさんとシラユキがその情勢を見守る。
私たちも、ソックスの背中に守られながら、少し遠くでアルを見守る。
「アルフリート……殿下」
そうして、ソックスに守られている一人、村長さんが、ガルドリードの言葉を聞いて、その名前と敬称を復唱した。
「殿下って……」
私も、首を傾げた。殿下って、あの殿下よね?
王族の一員の方々につける、敬称……。
そして、アルフリート、という初めて聞く名前。
「そうです。アルフリート殿下。それが本当だとすれば、あの方は、この国の第二王子であらせられる」
村長さんが説明をしてくれた。
そんな私たちをよそに、竜たちは会話を続ける。
「何を、しにきた」
「そりゃあ、我が敬愛する殿下のご尊顔を拝見しに」
「そんな訳あるか! お前は俺を見下し、恨んでいるはず。そんな理由で来るわけないだろう!」
「おやおや、酷い言いようだ。……まあいい。理由は、お前の大切なものを粉々にして壊すためさ……俺をこんな立場に貶めておいて、お前が笑って過ごしているなど、許せないからな」
「は。化けの皮が剥がれたか。だったら俺自身を相手にすればいいだろう! この村は、こんな仕打ちをされる謂れはない!」
は、は、は。低い声で黒竜が笑う。
「そりゃあ……お前を絶望させたいからさ。その心を木っ端微塵に打ち砕いて、その生きる希望も何もかも壊してやりたいんだよ!」
黒竜が、舐め回すように村を見下ろした。
「この村は、なんらかの理由でお前を繋ぎ止めている。なら、それに値する、なんらかの理由があるんだろう? ……そう考えるのが自然だ」
笑ったのかどうかは黒竜の表情から判断するのは難しかった。けれど、アルを傷つけたいと言った黒竜の口の端が、くいっと持ち上がったように見えた。
「アルフリート様。これに攻撃をしてもいいですか」
フォレストベアの姿のくまさんが、真剣な口調で、怒りに震える声でアルに問う。
牙は剥き出し、鋭利な爪を黒竜に向かって構え、いつでも飛び出したいといった様子だ。
「私も許せませんわ。……これは、排除すべきです」
シラユキが、軽蔑の目で黒竜を眇め見る。
「アルフリート様!」
獣人たちも、これを排除したいと乞うようにアルを見つめる。
「ああ、……やるぞ!」
アルの声を契機にして、一斉に攻撃が始まった。
私は、その光景に涙が溢れそうになる。
「チセ! 泣いている場合じゃないぽよ! 自分にできることをするんだ!」
「自分に、できること……」
目の前に展開されるあまりの光景に、私の思考はぐるぐると無駄な方向へ回転する。
そういえば、私は仲間になった子たちから、いろんな力を継承していた。
「爪……」
目の前で、くまさんが駆け出していた。
「でやあぁぁーー!」
くまさんの体が、フォレストベアのそれに戻っていく。熊の体躯で二本足で走る彼女は、その両手に太くて鋭い爪を伸ばしていた。
私は、彼女からそれを継承していたことを思い出して、鋭利な爪を出して一緒に戦えないものかと願ってみた。でも、一度も使ってみたことも、練習したこともないそれは、私の願いを叶えてはくれなかった。
「チセ!」
スラちゃんが私を叱咤する声が聞こえる。
「チセ! 君にできることをするんだ! 君には召喚術があるだろう!」
スラちゃんの言葉尻が普通……。
いや、そうじゃない。
「そうだ。私には味方がいる! アクア! シラユキ!」
その、もっともこの場に有効そうな力を持っているアクアとシラユキの名を呼ぶ。
「「お呼び?」」
召喚されたアクアとシラユキが、にこやかな顔で現れたかと思うと、辺りの惨状を見てみるみるうちに険しい顔つきに変わった。
「チセ、これは一体……」
アクアが呆然としたように空を駆ける黒竜と、火のついた家屋を交互に見比べる。
「あれがどうしてこの村にきたのか、理由はよくわからないの。でも、私はこの村を救いたい」
私の言葉に、アクアとシラユキが頷いた。
「私は火のついた家を消火しに行くわ」
アクアがその場を離れて燃える家に移動すると、彼女の力で水を生み出して、消火し始めた。
「私は……力が及ぶかわからないけれど、アレに対抗してみるわ」
シラユキは、黒竜がいる方へと飛んでいく。
「ソックス」
そこで、アルがソックスの名前を呼ぶ。
「はっ、はい!」
尻尾を恐怖でブワッとさせたソックスが、アルの呼びかけに答えた。
「お前は男だな」
「う、うん」
「チセや村人を守れ。安全な場所への誘導でもいい。いいな?」
「……わかった」
ソックスの目が、すうっと細くなった。
怯えて膨らんだ尻尾が、元に戻っていく。
「任せた」
そう言うと、アルはくまさんの後を追うように、黒竜がいる方へと駆け出していった。
「でやあぁぁ!」
ちょうど黒竜が低空飛行になったタイミングで、くまさんが地を蹴ってその爪で肉薄する。
天から注ぐ光を受けて光る彼女の鋭利な武器は、ガキンと金属音を立てて弾かれた。黒竜の体表を覆う鱗の硬さには、彼女の爪の鋭さも敵わなかったのだ。
「なら俺が!」
アルが黒竜の前に姿を見せ、その体を赤竜のものに変えようとした、その瞬間。
「ほう、ドレイクの君が現れなさった。俺の勘はアタリってことですか」
「なっ。その呼び方に、その声……!」
一瞬、怯んだアルだったけれど、気を取り直してその体を生来のものへと変えていく。徐々に皮膚の上から硬質な鱗が覆い、人の形は竜の形へと変わっていく。アルの足元から生える影、その面積が増していった。
けれど、彼の体は黒竜の体の一回りか二回りも小さく、体力的には劣勢に見えた。
「……ガルドリード!」
竜形になったアルがその蒼い瞳で、ガルドリードと呼ばれた黒竜を睨めつける。
「これはこれは。お久しぶりです。アルフリート殿下」
赤と黒、二匹の竜が、空で羽ばたきながら対峙していた。
黒竜に攻撃をしようとその近くに居合わせた、くまさんとシラユキがその情勢を見守る。
私たちも、ソックスの背中に守られながら、少し遠くでアルを見守る。
「アルフリート……殿下」
そうして、ソックスに守られている一人、村長さんが、ガルドリードの言葉を聞いて、その名前と敬称を復唱した。
「殿下って……」
私も、首を傾げた。殿下って、あの殿下よね?
王族の一員の方々につける、敬称……。
そして、アルフリート、という初めて聞く名前。
「そうです。アルフリート殿下。それが本当だとすれば、あの方は、この国の第二王子であらせられる」
村長さんが説明をしてくれた。
そんな私たちをよそに、竜たちは会話を続ける。
「何を、しにきた」
「そりゃあ、我が敬愛する殿下のご尊顔を拝見しに」
「そんな訳あるか! お前は俺を見下し、恨んでいるはず。そんな理由で来るわけないだろう!」
「おやおや、酷い言いようだ。……まあいい。理由は、お前の大切なものを粉々にして壊すためさ……俺をこんな立場に貶めておいて、お前が笑って過ごしているなど、許せないからな」
「は。化けの皮が剥がれたか。だったら俺自身を相手にすればいいだろう! この村は、こんな仕打ちをされる謂れはない!」
は、は、は。低い声で黒竜が笑う。
「そりゃあ……お前を絶望させたいからさ。その心を木っ端微塵に打ち砕いて、その生きる希望も何もかも壊してやりたいんだよ!」
黒竜が、舐め回すように村を見下ろした。
「この村は、なんらかの理由でお前を繋ぎ止めている。なら、それに値する、なんらかの理由があるんだろう? ……そう考えるのが自然だ」
笑ったのかどうかは黒竜の表情から判断するのは難しかった。けれど、アルを傷つけたいと言った黒竜の口の端が、くいっと持ち上がったように見えた。
「アルフリート様。これに攻撃をしてもいいですか」
フォレストベアの姿のくまさんが、真剣な口調で、怒りに震える声でアルに問う。
牙は剥き出し、鋭利な爪を黒竜に向かって構え、いつでも飛び出したいといった様子だ。
「私も許せませんわ。……これは、排除すべきです」
シラユキが、軽蔑の目で黒竜を眇め見る。
「アルフリート様!」
獣人たちも、これを排除したいと乞うようにアルを見つめる。
「ああ、……やるぞ!」
アルの声を契機にして、一斉に攻撃が始まった。