猫耳少女は森でスローライフを送りたい
「ああ、……やるぞ!」
 アルの声を契機にして、一斉に攻撃が始まった。

凍てつく吹雪(ブリザード)
 シラユキが片手を掲げると、その手の周りに凍てつく氷柱や雪、氷の塊が顕現する。彼女が黒竜に向けてその手を振り下ろすと、それらが黒竜に向かって勢いよく襲いかかる。

「は! 無駄だ!」
 シラユキの作り上げた吹雪を打ち消すように、黒竜が黒炎を吐く。
「きゃっ!」
「危ない!」
 相殺してまだ残る黒炎が、シラユキに襲いかかる。
 そんな彼女を庇うように、アルが彼女の前に出て、背後に隠す。

「ぐ……!」
 竜の鱗が丈夫とはいっても、同種が吐いたブレス。それをシラユキに代わって真正面から受けることになったアルが、呻き声を漏らす。
「アルフリート様!」
「……大丈夫」

 その炎が消えると、今度はくまさんと獣人たちが黒竜に向かって駆け出す。
「行けーー!」
 大きな掛け声とともに黒竜に群がって、あるものはその翼を切り裂こうと、あるものは、竜の足元に攻撃しようとして反撃を受けそうになり、襲いかかる鋭利な竜の爪から逃れるために、サイドステップで身を躱す。
 無謀にもゴブリンのうちの一人が、農作業用のクワを手に持って走り出そうとして、他の仲間に取り押さえられていた。

「次のはどうかな⁉︎」
 くまさんは、一人の獣人の肩を借りてさらにもう一段跳躍する。
 そして、振り下ろされた彼女の鋭い爪が、黒竜の上瞼から下瞼に向かって赤い線を描く。

「あああああああああ!」
 黒竜が、その傷つけられた片目を両手で覆う。

「一匹の熊ごときが、俺に傷をつけるなど……!」
 そうして、残った片目が、くまさんを睨みつける。その目は怒りに燃えたぎっている。

 地面に着地して、まだ体勢を整えきれないくまさんの背に、黒竜の爪が振り下ろされようとしていた。
「くまさん、危な……!」
 思わず体が動いて、私はソックスの制止を振り払って前に出る。頭の上にいるスラちゃんは、その勢いで私の頭の上から落ちていく。

「チセ……だめだ!」
 スラちゃんが私を止めようとする悲痛な声が、背後から聞こえる。

 私は無力だ。
 意味がないのかもしれない。
 みんなの足枷にしかならないのかもしれない。
 でも、それでも、私は走った。

 ーーでも、くまさんを、大事な仲間を失うなんて、いや!

 ただ、その思いでくまさんに駆け寄る。
 まるで、そこからはスローモーションのようで。

「ば……!」
 馬鹿と言いたいのだろうか。くまさんが駆け寄る私と襲いくる爪を見比べて、目を大きく見開いた。
 私はくまさんに向かって手を伸ばし、助けたいと、それだけを願う。

「チセ、馬鹿! こっちへ来るな!」
 私を見たアルが、私の方へと体の向きごと変える。

 それはちょうど、黒竜へ背を向ける体勢で。
 それを見た黒竜が、無防備なアルの背中に向かって呟いた。

 目前の敵に背を向けるという、ありえない行為を見て、黒竜が笑う。
「ふうん。()()か」
 黒竜がバサリと大きく羽ばたくと、アルの上を飛んで追い越し、私へその手を伸ばしてきた。

「……え?」
 私は、黒竜に鷲掴みにされた。
 私を囚えた黒竜が、また一段高く空へ舞い上がる。

「「「チセ‼︎」」」
 スラちゃん、ソックス、くまさんが叫ぶ。

「「チセ!」」
 シラユキとアクアも、目を見開いて私を見ていた。

「「薬師様!」」
「「「聖女様ーー!」」」
 村長さんや、獣人、ゴブリンたちも黒竜に囚われた私を見て、口々に叫んでいる。

「はーん。やっぱり、()()か」
 私を囚えた黒竜が長い首を曲げ、口の端を上げて私を片方の目で見下ろす。
 そして、ギリ、とその手に力が入る。

「……くる、し……」
 私はその力に体がへし折られるような圧迫感を感じた。私を囚える手は大きくて、胸は苦しくて息を吸うにも困難だ。もっと力を込められたら、内臓はどうなってしまうのだろう?

 幾らかでも抵抗しようとして、自由になる両手で、その戒めを解こうと抵抗するけれど、くまさんから継承したはずの爪も効果を発揮しない。私自身の猫の爪が硬化しても、その手に食い込みもせず、ほとんど無力だった。

 ーー怖い。

 生存本能が、私の頭の中でアラームを鳴らし続ける。
 目を開くと、景色が霞んで、私の目に涙が滲んでいるのがわかる。

「助け……」
 情けない。
 そう思いながらも、私は仲間に手を伸ばした。

「チセ! くそっ! 光の矢(ライトニングアロー)!」
 アルの周りに、たくさんの矢が浮かぶのが見えた。そして、それらが飛来する。

「はっ。そんな矮小なもの、効くか!」
 軽く嘲笑うと、黒竜はさらに高度を上げる。大きな体とは思えないほど軽やかに、言葉どおりにそれら全てを避けていく。

「チセを、返せえぇぇーー!」
 アルが叫ぶ。
 そして彼は、私を囚える手に向かって急上昇してくるのだった。
< 43 / 50 >

この作品をシェア

pagetop