猫耳少女は森でスローライフを送りたい
「ねえ、初級回復(ヒール)とかで治らないの?」
 私は、アルの隣に並んで、焦げた鱗の入れられた容器の前に立った。

「これは脱皮後の皮のようなものだからな。初級回復(ヒール)で治すってものでもないんじゃないかな……でもチセが言うならやってみるか」
 アルが容器に手をかざした。

初級回復(ヒール)!」
 アルの手のひらからぽうっと優しい光が溢れ出たけれど、焦げた鱗は治らなかった。

 初級回復(ヒール)じゃダメなのか……。
「ちょっと待っていて! 村長さん、村長さんのお宅に置いてきた荷物、取りに行ってきます!」
 私は村長さんに断りを入れてから、彼の家にお邪魔して、置きっ放しだったショルダーバッグの中から初級ポーションの入った瓶を一本持ってきた。

「チセ、それは?」
 私が手にしている瓶を見て、アルが尋ねてきた。
「初級ポーションよ」
 もう、アルがいるのだから、この村の人たちは怪我や病気の心配はしなくて済むはず……。

 いやでも待って。
 アルがこの村に残るとは限らないんじゃない?
 すごい聖竜になったんだから、おうちの人……王様とか(?)だって、帰ってきなさいって言うのかな?
 でも、なんだかそれに思い至ると、急に胸の中に寂しさが押し寄せた。

「ねえ、アル」
「どうした、チセ」
「アルは……王都に戻るの? 戻って、ずっとあっちで暮らすの……かな?」
 私は、私よりずっと背が高くなったアルを見上げて尋ねた。

「真剣な顔をして、何を言い出すかと思えば」
 ぷっとアルが吹き出すように笑った。
「もう! 真面目に聞いているんだから!」
 私はぷうっと頬を膨らませた。

「俺は王都には住まないよ。俺の守るべき場所は、ここだから。ここから、国全部を祝福するよ。父上にもそう伝えるつもりだ」
 アルはそう言うと、私の頭の上に優しく手を置いた。

「チセのいるこの村と、森のアトリエが俺の場所だよ」
 前よりも一段低くなった甘い男の人の声で、囁くように言われて、私は頬に熱が集まるのを感じた。

「あああ、あの! だったら、この村にはアルの初級回復(ヒール)があるから、初級ポーションはそんなに必要なくなるわね?」
「まあ、急な容体悪化に対応できるように、いくつかあったほうがいいと思うけれど、たくさんは要らなくなるかもな」

 じゃあ……。
「試してみるわ!」
 私は、初級ポーションをぱしゃっと焦げた鱗に満遍なく振りかけた。

「え! チセ、何す……」
「ダメ元よ! ()()()()()()!」
 すると、焦げた鱗を濡らすポーションがキラキラと輝きだした。
 やがてそれらは徐々に焦げ色から赤に変わっていく。そうして、全部、元の赤い色の鱗に戻ったのだった。

「やった! 大成功!」
 戦闘で全く非力だった私にも、できることがあったじゃない! と反動のように嬉しくなった。
「……」
 真横で見ていたアルは絶句していた。

「なあ、チセ」
「なあに?」
「これは流石に、ズルく(チートじゃ)ないか?」
 そう言うと、喜ぶ私を他所に、アルがため息をつくのだった。

「ところで、この鱗を運びながら、チセを連れて王都へ行きたいんだが、いいかな?」
 ん? どうして私だけが一緒に行くんだろう?
 アルの言葉に首を捻る。

「ああ、それがいいぽよ!」
「お薬は村長さんと相談して売っておくにゃん」
「ボクはスラちゃんとソックスをちゃんと守るよ! 二人で行ってくるといいよ!」

 意味がわからない。
 よくわからないのだけれど、村人たちも背中を押してくる。

「じゃあ……、もしアトリエに戻りたくなってもいいように、鍵を預けておくわ」
 スラちゃんが、ゼリー状の手を伸ばしてきたけれど、それは丁重に遠慮した。
 スラちゃん、あなたが鍵番って、ちょっと違うと思うのよね。いざというときに、この鍵を守りきれるのかとか……。

 しっかりしていて、一番安心なのはくまさんかなぁ?
 そう思って、くまさんにお願いして、鍵を預かってもらうことにした。

「ご飯はどうするの?」と尋ねたら、「お腹が空いたら森の木の実でも取ってくるよ!」なんだそうだ。

 鱗はたくさんあって、私が抱えていくのは無理そうだということになった。だから、箱に詰めて、ロープで括り、アルが足で掴めるように持ち手を作ってもらった。

「じゃあ、行くぞ」
「うん」

 竜の姿で私を待っているアルを前に、さてどうやって乗ろうと私は首を捻った。
 しゃがんでくれても、アルの背中はだいぶ遠いように思えたのだ。

「手伝うよ」
 くまさんが、「女の子同士だから!」と言って、肩車をして乗せてくれると言い出したのだ。

「じゃあ、お願いね」
 多分、足台になりそうなものを持ってきて貰えばいいんだろうけれど、せっかくの申し出なので、くまさんの言葉に甘えることにした。

「よいしょ……っと」
 くまさんが私を肩車して、私はそこから、アルの背中に移動した。

「じゃあ、しばらくみんなで仲良くしていてね!」
 くまさん、ソックス、ソックスの頭の上にいるスラちゃんに手を振った。

「動くぞ」
 アルの言葉とタイミングを同じくして、アルの体が持ち上がって背が揺れた。アルが立ち上がったからだ。

「わっ!」
「ちゃんと掴まってろよ」
 私は、竜の姿をとるアルの、たてがみのような部分をぎゅっと掴む。

 バサリ、バサリと翼がはためいて、徐々に視界が上がっていく。

「「「行ってらっしゃーい!」」」

 私は、手を振る三人(三匹?)に手を振り返す。そうして私たちは、王都へと旅だったのだった。
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