猫耳少女は森でスローライフを送りたい
「アル、よく帰ってきた!」
壮年の男性が椅子から立ち上がり、大きく両手を広げていた。
「アル、元気そうでよかった。それにしても、すっかり見違えたな。背丈も俺と変わらなさそうじゃないか!」
赤い髪の青年が、快活な笑顔を見せる。
「アル。あなたの範囲回復。王都でもはっきりわかりましたよ。今までよく辛抱しましたね」
壮年の女性の微笑みが母性を感じさせる。
「父上、兄上、義母上。長らくご心配をおかけしました」
三人に声をかけられたアルが、上段にいる彼らに一礼した。
同じようにした方がいいかと思って、私もアルに倣って頭を下げる。
「あら、アル。その可愛らしい子はどなたかしら?」
アルのお母さまだという女性が目を細めると、少し小皺が寄る。その様子は、老いというよりむしろ愛らしさを感じさせた。
私は、突然自分のことに話題が振られたので、おろおろとアルに視線を送る。
それをチラッと見たアルが、口の端で微笑んだ。
「彼女はチセと言います。私が赴いたルルド村のそばの森に住まう、薬師です」
「さあ」とでもいうように、アルが私の背中を優しく押した。
「チセと申します。アルフリート様の仰られたとおり、私はルルド村のそばに住まいをもち、薬師をしております」
確か、こういう階級の方々に対する正式な礼の執り方があったはずだ。けれど、残念ながら準備もしていなかった私は、瞬時にはその所作もわからない。仕方がないので、ひとまずスカートの上で両手を揃えて、頭を下げた。
「まあ、可愛らしいこと」
よかった。アルのご家族の皆さまは、私のお辞儀に不快を示さないでくださった。
「アル。そなたがその姿になったのは、例の村と関係があるのか?」
「はい。その村ーールルド村をガルドリードが襲撃しました。私は彼女や村に住まう者たちを守りたいという願いから、この姿に変わることができました」
「またあいつか!」
アルの回答に、お兄さまが椅子の袖を拳で叩いた。
「アル。ガルドリードはどうしたのだ?」
「はい。以前小姓の任を剥奪された時から、あれは私を憎んできました。その恨みから、私を狙ったようです」
「あれは、あれの父が謝罪したから、なんとか取りなされたというのに、それすら分かっていないようだったからな……」
「はい、そのようです。再度の私への暴言と、私の大切なものを壊したいと。『俺たちは王族などに媚びへつらう必要はない、黒竜族は武力でお前らなど蹂躙できる』と、明確な叛意を見せたので、私の独断で断罪しました」
「始末したか」
「はい」
陛下は沈黙して頷いた。
「父上」
「うむ」
「彼の父を含め、黒竜族を即座に連座として処罰するのは、おやめください。今回の件は、私とあれの確執に決着をつけたまで……」
「みなまで言わなくても、配慮する。心配しなくていい。……そもそも、あれの父は我が側近。お前たちをそうしたいと思ったように、彼は幼い頃から支えてくれた友であり忠臣。彼らを無下に処罰しようなどとは思ってはいない」
よかった。アルは「罪は一人で背負え」そう言って、黒竜族のみんなに累が及ぶことは望んでいなかった。それが配慮されるようで、私はほっと胸を撫で下ろした。
「ところでアル。その一緒にいるチセさんをもう少し詳しく紹介してくださらないかしら?」
「おお、そうだ、アル! 兵士たちの報告からは、彼女を背に乗せてきた、と聞いたのだが、それは本当か?」
アルのお母さまの言葉を契機に、お父さまがなぜかソワソワとした素振りでアルに尋ねた。
「はい、背に乗せてきました。……彼女は、俺にとって大切な人なので」
アルが私を見てふわりと微笑んだ。
ーーあれ? 大切な人って何?
大切なっていうなら、スラちゃんだって、くまさんだって、ソックスだって仲間よね? それに村人たちも、一緒に苦難を乗り越えた仲だよね?
私の頭の中に、たくさんのクエスチョンマークがぐるぐるした。
「アルが、我が息子が、番を決めたぞ!」
「それはすごい! 聖なる力に目覚めただけではなく、運命の番を見つけたのか!」
「まあまあ、めでたいこと」
アルのご家族が、それぞれアルに向かって祝福の言葉をかける。
いやでも。
何それ、聞いてない! 私、全く聞いてないから!
そもそも番って何!
「ねえ、アル」
湧き立つご家族に隠れて、こそっとアルの服の裾を引っ張る。
「どうした?」
「番、って何?」
「伴侶ってこと、かな」
「は?」
アルが、目元を少し赤らめて答えた。
いい雰囲気になるところなんだろうけれど、私はただただ開いた口が塞がらない。
やっぱり聞いてない! 聞いてないよーー!
壮年の男性が椅子から立ち上がり、大きく両手を広げていた。
「アル、元気そうでよかった。それにしても、すっかり見違えたな。背丈も俺と変わらなさそうじゃないか!」
赤い髪の青年が、快活な笑顔を見せる。
「アル。あなたの範囲回復。王都でもはっきりわかりましたよ。今までよく辛抱しましたね」
壮年の女性の微笑みが母性を感じさせる。
「父上、兄上、義母上。長らくご心配をおかけしました」
三人に声をかけられたアルが、上段にいる彼らに一礼した。
同じようにした方がいいかと思って、私もアルに倣って頭を下げる。
「あら、アル。その可愛らしい子はどなたかしら?」
アルのお母さまだという女性が目を細めると、少し小皺が寄る。その様子は、老いというよりむしろ愛らしさを感じさせた。
私は、突然自分のことに話題が振られたので、おろおろとアルに視線を送る。
それをチラッと見たアルが、口の端で微笑んだ。
「彼女はチセと言います。私が赴いたルルド村のそばの森に住まう、薬師です」
「さあ」とでもいうように、アルが私の背中を優しく押した。
「チセと申します。アルフリート様の仰られたとおり、私はルルド村のそばに住まいをもち、薬師をしております」
確か、こういう階級の方々に対する正式な礼の執り方があったはずだ。けれど、残念ながら準備もしていなかった私は、瞬時にはその所作もわからない。仕方がないので、ひとまずスカートの上で両手を揃えて、頭を下げた。
「まあ、可愛らしいこと」
よかった。アルのご家族の皆さまは、私のお辞儀に不快を示さないでくださった。
「アル。そなたがその姿になったのは、例の村と関係があるのか?」
「はい。その村ーールルド村をガルドリードが襲撃しました。私は彼女や村に住まう者たちを守りたいという願いから、この姿に変わることができました」
「またあいつか!」
アルの回答に、お兄さまが椅子の袖を拳で叩いた。
「アル。ガルドリードはどうしたのだ?」
「はい。以前小姓の任を剥奪された時から、あれは私を憎んできました。その恨みから、私を狙ったようです」
「あれは、あれの父が謝罪したから、なんとか取りなされたというのに、それすら分かっていないようだったからな……」
「はい、そのようです。再度の私への暴言と、私の大切なものを壊したいと。『俺たちは王族などに媚びへつらう必要はない、黒竜族は武力でお前らなど蹂躙できる』と、明確な叛意を見せたので、私の独断で断罪しました」
「始末したか」
「はい」
陛下は沈黙して頷いた。
「父上」
「うむ」
「彼の父を含め、黒竜族を即座に連座として処罰するのは、おやめください。今回の件は、私とあれの確執に決着をつけたまで……」
「みなまで言わなくても、配慮する。心配しなくていい。……そもそも、あれの父は我が側近。お前たちをそうしたいと思ったように、彼は幼い頃から支えてくれた友であり忠臣。彼らを無下に処罰しようなどとは思ってはいない」
よかった。アルは「罪は一人で背負え」そう言って、黒竜族のみんなに累が及ぶことは望んでいなかった。それが配慮されるようで、私はほっと胸を撫で下ろした。
「ところでアル。その一緒にいるチセさんをもう少し詳しく紹介してくださらないかしら?」
「おお、そうだ、アル! 兵士たちの報告からは、彼女を背に乗せてきた、と聞いたのだが、それは本当か?」
アルのお母さまの言葉を契機に、お父さまがなぜかソワソワとした素振りでアルに尋ねた。
「はい、背に乗せてきました。……彼女は、俺にとって大切な人なので」
アルが私を見てふわりと微笑んだ。
ーーあれ? 大切な人って何?
大切なっていうなら、スラちゃんだって、くまさんだって、ソックスだって仲間よね? それに村人たちも、一緒に苦難を乗り越えた仲だよね?
私の頭の中に、たくさんのクエスチョンマークがぐるぐるした。
「アルが、我が息子が、番を決めたぞ!」
「それはすごい! 聖なる力に目覚めただけではなく、運命の番を見つけたのか!」
「まあまあ、めでたいこと」
アルのご家族が、それぞれアルに向かって祝福の言葉をかける。
いやでも。
何それ、聞いてない! 私、全く聞いてないから!
そもそも番って何!
「ねえ、アル」
湧き立つご家族に隠れて、こそっとアルの服の裾を引っ張る。
「どうした?」
「番、って何?」
「伴侶ってこと、かな」
「は?」
アルが、目元を少し赤らめて答えた。
いい雰囲気になるところなんだろうけれど、私はただただ開いた口が塞がらない。
やっぱり聞いてない! 聞いてないよーー!