猫耳少女は森でスローライフを送りたい
 テーブルには、スラちゃんがいて、その隣に私、そして、お向かいに今日のゲストのケットシーが座っている。

 そして、それぞれの前には、バターを乗せた拳大のパンケーキ二個ずつと、ナイフとフォーク。
 ポットには、生のミントの葉で淹れたミントティーと、重ねたカップが三つ。
 テーブルの真ん中には、はちみつを入れた小ぶりで陶器製のピッチャーと、フランベしたベリーが置いてある。

 そこで、スラちゃんが球体の上部中央に皺を寄せて、苦悶の表情をしていた。
「チセ……この二本は何をするものなんだね」
 ナイフとフォークをまとめて持って眺めながら、うむーうむーと唸っている。
 わざといかめしい口調をしているのも、スラちゃんの悩みの深さを、言外に伝えているのだろうか。

 そんな時、ゲストのケットシーが、右手にナイフ、左手にフォークを持つ。
 そうそう。正しい持ち方だわ。
 私はそれを意識して、ちゃんと、お皿の両脇に一本づつ置いてあったのよね。
 それを、スラちゃんったら、まとめて片手に握っちゃうんだから。

 けれど、ケットシーは、ん? と片眉を上げて、一旦お皿の上にナイフとフォークをハの字にして置く。
「チセ、これにはすでにバターが乗ってるけど、この蜂蜜がある意図はなんだにゃん?」
 ああ、それが気になったのか、と思って、私はお手本にと思って、蜂蜜のピッチャーを取り寄せる。

「このパンケーキは、バターだけでも美味しいんだけれど、はちみつをたっぷりかけると、それは絶品なのよ。ほら、こんな感じ」
 私はそう言って、自分の皿にたら〜りとぐるぐる円を描くようにパンケーキの上に、蜂蜜をたらす。
 最後の飾りと味のアクセントに、ベリーを添える。

「どう? 同じように食べてみる? おすすめよ?」
 すると、緩んだ口元から涎が一筋、つつーと垂れそうになっている。
 あれ?
 なんかさっきも見たような?

「ケットシーさん! ここ! ここ!」
 私は慌てて自分の口元を指さして伝えると、ハッ! となって、ゴシゴシと服の袖で涎を拭った。
「失敬、僕としたことが……」

 ……うん、服の袖もダメなんだけど……。ま、いっか。

 って。
「スラちゃーん!」
 私の隣で私の皿に釘付けになっているスラちゃんが、すでにテーブルの上に、ダラーっと涎を垂らしてしまっていた。
 私は慌てて布巾を取ってくる。
「あっ! チセ、ごめんなさい。蜂蜜の艶々と、バターのとろーりがあんまりに美味しそうで……」
 しゅんとして、涎で濡れた自分の口周りと、テーブルを、されるがままに拭われている。

「じゃあ、みんなおんなじ、蜂蜜たらーりのパンケーキに仕上げましょうか!」
 スラちゃんとケットシーに、順番に笑顔を向けると、二人は、ぱあぁっ! と喜色を満面に浮かべる。

「じゃあ、順番にね」
 まずは、ケットシーの分、次にスラちゃんと、ぐるぐる蜂蜜をたっぷり垂らし、ベリーを添えてあげた。
「スラちゃんに、ナイフとフォークはまだ難しいから、フォークだけ使えばいいよ」
 そう言って、スラちゃんのフォークの柄の部分を指でトントンして教えてあげる。
「うん! よかった! 安心したよ!」

 結局、私とケットシーはナイフとフォークを使ってお行儀良く。
「んー。しゅわしゅわ〜。蜂蜜、あまぁい」
 私は、一口食べると、その甘さに頬を抑えた。

「この、バターのしょっぱさと蜂蜜の甘さがたまらにゃい。そして、ベリーの甘酸っぱさが後からくるにゃ〜!」
 ケットシーは、なんだか尻尾の付け根が、ビビビビッてしてる。

 スラちゃんは、握ったナイフでパンケーキを一刺しして、あーんと開けた大きなお口で、二枚を一口ずつ、ぺろりと平げた。
「これ、溶けちゃうぽよ〜!」

 そして、最後にポットで入れておいたミントティーをみんなに配る。
「ふあー、美味しかったにゃん」
「僕もあんな美味しいもの初めて食べたぽよ」
 食後の談笑をしながら、感想を聞くと、二人とも大満足だったようだ。

「そうだ。チセは最近ここに住み出したのかにゃん? ここらでは見かけない顔だにゃん」
 ケットシーに尋ねられた。
「そう。昨日からスラちゃんと二人で暮らしているのよ。あとは妖精さんにもお手伝いしてもらっているわね」
 そうにゃのかーと言いながら、ケットシーはぐるりと私の部屋を眺めた。
「……余裕がありそうだにゃ」
 なんかボソリと言ったのは、私の耳には届かなかった。

「さて、今日はご馳走になったにゃん。何かお礼をしたいのだが、何か希望はあるかにゃん?」
 ケットシーが立ち上がって、トコトコ歩いて玄関の近くにある帽子かけから帽子を取りながら、私に尋ねてくる。
「そうねえ。私、お薬を作って誰かに売って生計を立てたいのよね。売れそうな場所、教えてもらえないかしら?」

 そう。私は、この家にあった貯蔵品で食べていけているけれど、そのうち物入りになってくるだろう。
 収入を得る手立てと、生活必需品を買う場所を知らないと困るのだ。

「なら、今度ここから一番近い村まで案内しようかにゃん」
「ありがとう!」
 私は、すでに玄関で帰り支度をするケットシーを見送るために、玄関へ移動した。
 スラちゃんも、当然私の頭にぴょんと乗っている。

「じゃあ、準備ができたらこの葉っぱで、草笛を吹いて知らせてにゃ。そうしたら、僕は迎えにくるにゃん」
 ケットシーは、赤い帽子に飾ってある、一枚の葉っぱを私に手渡した。
「ありがとう。また会えるの、楽しみにしているわ!」
「うん、こちらこそ、ごちそうさまでしたにゃん」
 ケットシーは再び帽子を被ると、扉を開け、去っていったのであった。
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