迷いの森の仮面夫婦
落ち着いたトーンで、凪咲がため息交じりにビールのジョッキに口をつける。
俺も口をつける。 今日は酔いが回るのが速い。きっと空腹にアルコールを入れたせいだ。けれど食欲もわかない。
「大切なのは始まりなんかじゃない。
その後、二人がどう過ごして何を想って、相手をどう大切に想えるかだから。
だから出会い自体はさほど重要ではないんじゃない?」
「凪咲……」
「海鳳、いつだってあんたは桜子ちゃんを好きすぎて過去ばかり見続けてきたんだろうけど
もう過ぎ去った過去の事は見なくっていいんじゃない? 大切なのはいつだって今じゃない?」
凪咲はまるで俺の心でも読んだかのように、にっこりと笑う。
やっぱり何だかんだ敵わないなぁと思ってしまう。
俺が’仕方がない’で片付けようとする事も、彼女は何とかしようと足掻くのだから。
自分ももっと諦めるより前にする事があるだろう。
「それでね、海鳳… 出会いは大切じゃないって言ったからついでに暴露しちゃうんだけど」
「ん?」
「実はね……私、海鳳と雪穂ちゃんに言ってない事があった」
舌をぺろっと出した凪咲は、子供のような顔をして悪戯に笑った。