迷いの森の仮面夫婦
’一度だけ’と甘えて見れば、彼は応えてくれたかもしれない。
でも’一度切り’では意味がないのだ。
どんなに嘘をついても、小賢しい真似をしたと言われても、彼の特別になりたかった。
そんな私を’やっぱり異常だよ’と愛莉は笑った。
海鳳には様々な噂があった。
婚約者を亡くした、だとか
十年前に付き合った彼女の事が忘れられない、とか
実は同性愛者で本命を隠してるなんて奇天烈なものまで
しかしそのどれもに信憑性はなかった。 私から見た二十年後の彼は、いつだって空っぽだった。
上辺だけにこにこ笑っていても、心の底から笑ってはいなくてその心は虚無感でいっぱいに見えた。
愛情に溢れているように見えて、誰も愛せない。 一度高塚先生と海鳳の話題になった時に「あいつも色々とあるからなあ」と苦笑いしたのが印象的だった。
何度も春を迎えて、冬を超えた。
季節が何度巡り巡っても、想いは消えるどころか強くなっていくばかりだ。
そしてストーカー紛いの五年の月日を経て、私は彼を手に入れられるカードをやっと手に入れた。