迷いの森の仮面夫婦

「王子様ですか?」
そう真剣に訊ねると、彼はまた茶色の瞳を揺らしながら優し気に微笑むのだ。

彼に手を引かれ、庭の中央にある石畳に二人で腰をおろすと、辺りに落ちていた石でゆっくりと文字を描く。

「王子様じゃないよ。これが僕の名前」

「読めないよぉ…」

そこには難しい漢字が五つ並んでいた。
私が’読めない’というと彼はその下に平仮名で再び自分の名前を描く。

「さおとめ、かいほう」

ゆったりとした口調で彼が自分の名を口にする。

「かいほう、くん?」

「うん、かいほう。僕の名前は早乙女 海鳳(カイホウ)

それが私の初恋の相手、早乙女 海鳳との初めての出会いだった。
私の長い黒髪を褒めてくれて、お姫様だと言ってくれた人。

童話に出てくるような王子様のような彼が、初めてくれたお花がコスモスだったから
その日から、コスモスが私の一番好きな花になった。
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