迷いの森の仮面夫婦

「優しいんですね。  でも、海鳳さんの気持ち少し分かるかも。
身代わりって言ったら言葉は悪いですけど、それで一時的に気持ちが救われるならばそういう関係も悪くないかも…」

「身代わり、ね…。本当に最低だな、俺」

私の髪を撫でながら、海鳳はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

静かに寝息を立てて無防備な表情を見せる彼に胸がちくりと痛んだ。  嘘をつくと、胸がこんなにも張り裂けそうになる。

その日、彼に何も告げずにホテルを出てその二日後に私は日本に帰国したのだ。


―――――



月曜日の七時前、海鳳は必ず一番に院内にある医局を訪れる。

そこで内科全体のカンファレンスが八時に始まるまで、入院患者さんのカルテのチェックをするのが、彼の週はじめのルーティーンだ。

それを知っていたから、海鳳が帰国して初めての週はじめ私は十五分も前に医局に訪れていた。

彼とこの病院で再会して以来、五回目の夏が巡った。 冷房の充分効いた室内の窓から外を眺めていると、静かに扉が開いた。
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