ケーキ屋の一ノ瀬先輩は甘すぎる
「おはよー」

「おはよう」

そんな朝のあいさつが飛び交う教室で、私、三浦杏花音(みかみあかね)はうたた寝をしていた。

眠い…。

とにかく眠い。

昨日の夜、ついうっかり発売したばかりの漫画を読み始めたら終わらなくて…。

「杏花音、おはよっ。って、なに眠そうな顔してるの」

「さくちゃん」

後ろから声がして振り返ると、そこには小学校からの私の大の親友、佐野桜(さのさくら)の姿があった。

「どうせまた、漫画でも読んでたんでしょ?昨日発売日だったもんね、杏花音のバイブル。隣のケーキ屋さん」

「うん!読み始めたらとまらなくてさ。今回はどんなケーキを作り上げるのかって考えたらもうわくわくがとまんなくって!それで」

「あぁ、はいはい。分かったから。本当に杏花音はケーキが好きだよねぇ。ケーキ屋にでもなればいいのに」

「また同じことを言う。さくちゃんも分かってるでしょ?私がなれないってこと」

「あぁ、ごめんごめん」

さくちゃんがそう言って、手を合わせて謝るのと同時に教室の外からなにやら歓声みたいなものが聞こえてきた。

その瞬間、クラスの女子がいっせいに教室を飛び出す。

「きたか!」
その光景を見て、さくちゃんも私を誘うしぐさを見せて教室を出た。


それにならって、私も教室を出た。

教室の外はまるで芸能人を待っているかのように、多くの人であふれかえっていた。

毎朝すごい人…。

こんなにも生徒が集まるのにはもちろん理由がある。

「きたよ!」

そんな声を誰かがあげるのと同時に、廊下の向こう側から3人の集団がやってきた。

その瞬間、空気が揺らいだ。

出だしは悲鳴で途中から歓声に変わる、という風な女子の声が聞こえてくる。

遠目からでも、そのオーラをしっかりと確認できる。

王子三人組。

うちの中学校でそう言われている男子生徒たちだ。

一人目は高身長で読者モデルをやっている2年生、高瀬翔(たかせしょう)先輩。

「みんな、おはよう!」

その甘いマスクとフレンドリーな性格から数々の女子をとりこにしてきた。

そして二人目は生徒会長もやっている3年生、南優斗(みなみゆうと)先輩。

真面目で成績優秀。

女子にはちょっと冷たいけど、その冷たさから冷酷王子と呼ばれるくらい人気の先輩。

最後、三人目はいつもニコニコと笑顔を振り向く2年生、一ノ瀬蒼先輩。


低身長でからかわれることが多いけど、お菓子作りが上手でバレンタインデーはいつもお返しを期待する女子から大量のチョコをもらっているとか。


3人は幼なじみっていうこともあってまとめて王子3人組って呼ばれているんだ。


「私はやっぱり高瀬先輩かなぁ」

「えぇっ!南先輩に決まってる。あの冷たさがいいんだよ」

女子の推しはだいたい高瀬先輩と南先輩の2人に二分割される。

「いやぁ、やっぱすごいね。先輩たち」

「うん、そうだね」

列の先頭の方にいたさくちゃんが戻ってきて、そんなことを口にする。

「3人ともかっこよかったよね。でも、相変わらず杏花音はだれにも興味がないんだっけ?」

「うん」

「もったいない。あんなにかっこいい先輩方がいるのに誰にも興味がないなんて…」

あきれたようにさくちゃんが声に出す。

言えない。

本当はずっと、一ノ瀬先輩が最推しなんだってことを。
< 2 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop