今さら好きだと言いだせない
§6.メランコリックな気持ちと彼のやさしさ
***

 例の営業部の飲み会から半月ほどが経過した。
 
 あの日、トイレから出て座敷に戻る途中、焦った様子でこちらに向かってくる芹沢くんと鉢合わせをした。
 メイクで出来る限り誤魔化してみたけれど、きっと彼には泣き顔がバレたのだと思う。

 役立たずだったと芹沢くんは申し訳なさそうに謝ってくれたが、彼はなにも悪くない。
 元々、私は燈子とふたりで参加する予定にしていたのだから。
 私が泣いてしまったのも、彼がなにかしたからではないのだし。

 燈子が座敷に戻って上着などの荷物を取りに行ってくれた。
 彼女のことだから先に帰る旨を上手に伝えてくれるだろう。

 燈子を待っているあいだ、がんばって笑顔を作ろうと試みたけれど、不自然なのを簡単に見破られそうで。
 どうしたものかと視線を逸らせていたら、突然芹沢くんにふわりと抱きしめられた。

 そんなふうに優しくされたら離れられなくなる。
 この関係は、芹沢くんが突然今日で終わりだと言えば所詮それまでなのだ。
 そこをきちんと胸に刻み込んでおかなければ、別れが来たときにひどく辛い思いをする。

 そうわかってはいても、抱きしめられたあの日のことを思い出すと、胸がキュンとして仕方なかった。

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