今さら好きだと言いだせない
「芹沢くん……」

 ボソリと名を紡げば、心配そうに眉をひそめる彼の顔が目の前に見えた。
 あまりの近さにドキドキとしながらも、力強く瞳を射貫かれていて視線をはずせない。
 彼が顔を傾け、そっと私の左目にキスを落とした。

「泣くなよ」

 その行動にビックリして、ポロポロと粒になって流れていた私の涙が瞬間的に止まった。
 うつむこうとする私の頬に芹沢くんは右手を添え、親指で涙の筋を拭う。
 依然として顔の距離は近いままだなと思っていると、彼の温かい唇が私のそれをやさしく覆った。

「悪い。弱ってる女につけこんでるのは俺だな」

 唇を離した彼が反省したように顔をしかめた。
 彼にとって今のキスはなんだったのか、その意味を知りたくなってしまう。
 だけどその前にまず、私の心臓がバクバクと激しく鼓動していて今にも爆発しそうだ。とりあえず落ち着け、と自分に言い聞かせた。

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