今さら好きだと言いだせない
「あのさ、もしかして俺を避けてる?」
「え! そんなことないよ!」

 芹沢くんの言葉に驚いて、隣を歩く彼を見上げてしまった。
 まともに視界に入った彼の顔はいつも通りカッコいいのだけれど、どこか困ったような不遜な表情をしていた。

「普通にしてくれよ」
「……ごめん」
「俺はあの夜、互いに同じ気持ちだったと思ってるけど?」

 こんなにぎこちない態度しかできない私にも、芹沢くんはやさしくしてくれる。
 こういう部分が好きだなと胸を熱くさせながら、彼のほうを向いてコクコクとうなずいた。

 抱かれたことに後悔はない。
 あの日はたしかに互いに求め合っていたはずだ。私は、それが今も継続ならいいのにと密かに願っている。

「言っとくけど、俺は適当に女と遊んだりしないから」

 眉根を寄せた芹沢くんが言い逃げをして、先に会社へと足早に歩いて行く。
 反対に私は呆然としたまま無意識に立ち止まった。

 今のはなんだったのだろう?
 芹沢くんがチャラチャラと遊ぶ人だとは元から思っていないけれど、そういう意味ではなさそうだった。
 話の流れから考えると、私とのことを言っていた気がする。
 ものすごく自分に都合の良いように考えてしまいそうで、ふるふると頭を横に振って思考を止めた。

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