今さら好きだと言いだせない
 そこまで言われたとき、徳永さんの去り際の言葉が頭に浮かんだ。

『これが飲み会の夜じゃなくてよかったよ。北野どころか俺まで落とされてるな』

 あのとき耳元でそう囁かれて、顔を真っ赤にしてしまった。
 だけど私としてはただ身だしなみを整えただけの行為だった。
 徳永さんは営業だから、クライアントとそのまま会ってしまったらマズいのではないかと気を回したのだ。
 決してあざとく計算でやったわけではない。

「たしかに徳永さんはイケメンだよね。勝手にネクタイを直したのはお節介だったとは思うけど、あれで勘違いするなんて大げさだよ」

 ヘラリと笑って首をかしげてみたが、じっと私を見つめる芹沢くんの妖艶な瞳に捕まった。
 なんだか視線に熱を感じて、ドキッとひとつ大きく心臓が跳ねる。

「たいしたことじゃないよ。こうやってネクタイの位置を戻しただけだし」

 なんだかバツが悪いというか、彼が黙っているので間がもたなくて。
 芹沢くんが緩めていたネクタイに手をかけ、少しだけキュッと締め直す。すると瞬時に芹沢くんが右手で私の腰を力強く引き寄せた。

 綺麗な彼の顔が至近距離にあり、驚いた私と視線が絡み合う。
 なにが起こったかわからなくて固まってしまったが、自動的に心臓だけは破裂しそうなほどドキドキと早鐘を打った。

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