今さら好きだと言いだせない
「町宮、今から経理部に行くなら、俺の分も一緒に出しといてくれないか?」

 午後になり、私が一心不乱に書類に目を通しているところへ、二年先輩の社員である高木さんが勝手に私のデスクの上に書類をバサリと置いて踵を返した。

「いいですけど、突き返されても責任持てないですよ!」

 急いでいる様子の高木さんの背中に向かって声をかける。
 すると高木さんは上半身だけ振り返り、顔の前で片手を立てて、ごめんと合図をした。
 たしかに今から経理部に行くところだったから、ついでに届けるのはおやすい御用なのだけれど。
 書類に不備があると通らないので、訂正して再提出になる。そうならないために、先ほどから抜けがないかどうか私は何度もチェックしているのだ。

 自分のと高木さんの分をわけて別々のクリアファイルに入れ、経理部のある下の階へと向かう。
 月末の経理部は殺伐としていてかなり怖い。
 今から持って行くのは経費の申請書だが、締め切り直前に束で大量に申請する非常識な人がいるため、経理部の空間全体がピリピリとした空気に包まれている。
 私の分は昨日発生したものだから、溜めていたわけではないので怒られないと思うけれど。
 あとは不備が見つかりませんようにと願うだけだ。

「お疲れ様です」

 経理部のある扉を開け、様子をうかがいながら全体に向けて挨拶をすれば、全員からじろりとした視線を向けられた。
 やはり空気がピリついている。私はここの所属じゃなくてよかったと、心からそう思った。気のせいだろうけれど、なんだか酸素まで薄く感じる。


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