今さら好きだと言いだせない
「芹沢くんも、男は勘違いする生き物だって言ってた」
「ネクタイって体の一部みたいな感じだしさ。突然触ってこられたら意識しちゃうんじゃないかな」
「でも芹沢くん……それを言いたいがためにキスすることないのに……」

 ボソリとつぶやいた私の言葉を燈子が聞き逃すことはなく、かなり驚いたのか、お蕎麦を飲み込もうとしてむせこんでしまった。
 ゴホゴホと小さく咳をしたあと、グラスの水を口にして眉根を寄せる。

「キスなんて聞いてないよ!」
「違う違う! キスって言っても頬だから。頬!」

 水を飲む燈子に、あわあわと(てのひら)を向けて必死に言い訳めいた言葉を口にしてみるが、場所が頬だったというだけで、芹沢くんにされた行為は“キス”だ。なにも違わない。

「こうなるからダメだ、とかなんとか言われて……チュ、って」
「芹沢くん、やりすぎ」
「だよね! それでいて今朝は平然としてるんだよ?」

 燈子がうーんと首をひねりつつ、今度は湯呑みを両手で握りしめ、中身のお茶をすすった。
 お蕎麦はすでにペロリと平らげたあとだ。

「もしかして南帆は、イケメンツートップを同時に落としちゃったんじゃない? 芹沢くんと徳永さん。どっちにする?」
「冗談はやめて」

 口を尖らせてうなだれる私を見て、燈子がおかしそうに笑う。こっちは真剣に相談しているというのに。
 イケメンふたりが私を好きだとか、あるわけがない。
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