今さら好きだと言いだせない
「急に気持ちの入った謝罪をされて驚いたよ」
「私、そそっかしいですよね」
「なにか俺に謝らなきゃいけないこと、ほかにあった?」

 “墓穴を掘る”とは、こういうことを言うのだろう。

「いいえなにも!」と赤い顔をしながら不自然に否定したところで、待っていたエレベーターがポンという音で到着を告げる。
 冗談めかして私の顔を覗き込もうとする徳永さんから逃げるように、エレベーターの中に先に乗り込んだ。
 徳永さんも営業部に戻るのだろうから、向かう階は同じだ。彼の骨ばった指が“閉”のボタンをそっと押した。

 ビジネスバッグを持っていない左手で、徳永さんがふわりと黒髪をかき上げる。
 その仕草が今日も爽やかで、エレベーター内の空気まで浄化されそう。

「この前言ってた飲み会の件、考えてくれた?」
「へ?……あぁ……」

 営業部の人たちと今度飲みに行かないかと、ミーティングをした日に誘いを受けた記憶がよみがえってきた。
 あれは社交辞令ではなかったのか。

「北野にチラッと言ってみたら、町宮さんみたいな綺麗な人が来るなら絶対参加します! だって。アイツはなにを期待してるんだろうね」

 私も徳永さんも北野くんの顔が咄嗟に浮かんで、思わずクスクスと笑みがこぼれる。


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