執事的な同居人








「ここで、初キスの方が良かったですね」




離れると、ふっと鼻で笑う颯太さんは


優しく涙を指で拭ってくれた。





「すみません。俺が抑えきれなかったもので」


「っ………」








「紀恵さん」





ふわりと颯太さんに抱きしめられた。



零れ落ちる涙のせいで颯太さんの服にシミを作る。






「ずっと黙っていて、すみません。

俺は紀恵さんの事を覚えていましたよ。
ここに来た時からずっと。

癖も、昔から変わってないところも、全て覚えてました。



……ただ、言い出せなかった。



紀恵さんが俺との思い出を思い出してくれて
"颯ちゃん"と昔のように呼んでくれるあなたが愛おしくて仕方がなかった。



だけど、俺は完璧な人間じゃない。



既に紀恵さんに手を出してしまったように
俺は至って普通の男で、

愛おしい人が目の前に居れば触れたいと思うし、こうやって抱きしめたいとも思うんです。」





颯太さんの腕の中で静かに聞いた。





そうだったんだ…

颯太さん、ずっと覚えててくれたんだ…






私が思い出すよりも前からずっと。


< 230 / 422 >

この作品をシェア

pagetop