執事的な同居人
───────────紀恵side
颯太さんの言葉は心が痛くなるほどに刻み込まれる。
颯太さんの言っていることは正しくて理解出来るからこそ苦しい。
「……けど、1番の問題は俺です。」
そんな私の頬に触れるその手は
触れる前一瞬躊躇うかのように止まり、
申し訳なさそうに軽く触れた。
「俺からキミに対する想いは歪んだもの。異常なんだよ…」
「そんなことっ…!」
「あなたはまだ経験が浅いから分からないんです。俺の愛情は一般とは違う。醜くて狂気であなたを恐怖に貶める。そんな奴があなたの傍に居れるはずがない。」
「違うっ…!颯太さんはいつもあたたかい愛情を私にくれる…!だからこそ傍に居たいと思うし触れたいって思うのっ…!!だから恐怖で怯えたりなんか……」
その途端、思い出す。
私に向けられた冷たい瞳、冷たい口調。
私に触れる手は強引で、噛みつかれた場所がやけに痛かったこと。
「っ…あ……」
あの時の颯太さんは本当に怖かった。
"嫉妬"というのが分かりやすく感じられるほど、颯太さんの心がその言葉に支配されていたかのように。
「っ…………」
違うのに。
今はなんとも思っていないのに。
でもなんで
その先の言葉が出ないんだろう───。
「………………」
口を小さく開いたままの私は、颯太さんの悲しげな瞳にハッキリと映る。頬に触れていた手は気がつけば下におろされていた。
「あなたの今のその気持ちは正しいですよ。」
「っ、」
「俺は、怯えて当然のことをしましたから」
「ち、がう…っ」
このままだと
もう颯太さんは
私に会ってくれない気がする。
少しの間だけじゃない。
ずっと。
ずっとずっとずっと。
この先ずっと。
二度と会えなくなる気がして仕方がない。
「……早く家に帰らないとご両親が心配されますよ」
そんな私の気持ちとは裏腹に、颯太さんは再び私に背を向けた。
この広い背中を眺めることも今日で最後なのかも。二度と見れないのかも。いくら私が探したって、もう見つけられないのかも──…
「っ、うっ─…」
私はその場でしゃがみ込んだ。
溢れ出る涙を隠すために。
きっと私のそんな姿を見てしまえば、颯太さんは自分のせいだと苦しむから。
「きっ…、……」
颯太さんは私の名前を呼ぶことはなく、近くで気配を感じるのだから颯太さんも私の近くでしゃがんでいる。
「また会えなくなるなんて絶対嫌っ…」
私はもう、颯太さんを手離したくない。
小さい頃離れ離れになってしまった時のように、私はボロボロと涙を流した。
けれど、顔は見せない。
顔は俯かせたままで必死に手で涙を拭う。
拭いきれなかったものはポタポタと地面を濡らして、次第に降ってきた雨が私達を冷たく濡らした。
バサッと頭に何かを被されると、颯太さんは私の身体を持って立ち上がらせる。
私の頭に被されたものは
颯太さんの上着だとその時に気がついた。
瞳に映るのは
眉尻を下げて、けれども優しい目をする彼。
そんな彼は私に声をかけることはなく
手をとって
ゆっくりと歩き始めた。