執事的な同居人
─────────颯太side
「ケホッ…」
重たい身体をゆっくりと起き上がらせる。
もう夜か…
静かで暗いこの部屋。
光がなく、暗くどんよりとしたこの場所が俺の身体をより一層だるくさせる。
(何か食べないと…)
食欲はないが、少しでも口にしなければ。
ただ、家の中に食べられる物はほとんどなく、咳き込みながら外に出る準備をする。
自分1人のために何かを作る気にはなれなくて、そのため冷蔵庫の中は水以外何も無い。
……この通り、基本料理なんてしないんだ。
今までしてこなかったことを、してあげたいと思ったのはキミが初めてだった。
何もかも全て完璧にこなしたいと思ったのもキミが初めてだった。
作ったことのない料理だって、彼女が食べたいと言えば片っ端から頭に叩き込んで完璧な物をキミに作ってあげたいと思ったんだ。
「ケホッ」と咳き込みながら玄関のドアを開ける
その瞬間ガサッと袋が擦れたような音が聞こえて、ドアノブに目線を当てた。
外側のドアノブに引っ掛けられた1つの袋。中には何かが入っているようで、少し重みを感じる。
怪訝に思う前にその袋に触れれば、
俺の瞳に映るのは
袋の隙間から見えるリンゴマーク。
「リンゴジュース……?」
自然と声に出してしまったそれ。
なんでリンゴジュースが?
しかも10本も。
脳裏に浮かぶのは同期の篠原の顔だったが、今アイツは出張でここにいないはず。てことは…
「……紀恵、さん?」
周りを見渡すも、その人らしき人はいない。
『同期が二日酔いだった俺にくれたんです。これを飲めば元気になるってね。』
そのことを知っているのはリンゴジュースにその作用があると教えてくれた同期の篠原と、それを俺が教えた紀恵さんのみ。けれど篠原は今出張でいない。
ガサッと再び中身を確認すれば、沢山のリンゴジュースに隠れてリンゴゼリーも入っていた。
そして、1枚のメモ。
『たくさん飲んで元気になってください』
その文字は、見慣れているあの子の文字。
女の子らしい丸みを帯びた文字。
「それでリンゴね……」
思わず、クスリと笑みがこぼれた。
(重かったでしょうに…)
リンゴジュース10本にリンゴゼリーが2つ。
お小遣いだってそれほど貰っていないはず。このお金だって毎月買っている雑誌代にあてればいいものを…。
「………………」
どこで俺が風邪をひいていると知ったのか分からない。けれど、俺の心に広がるのはあたたかい何か。
ジワジワと広がっていくそれは、俺に違う決断を導こうとする。
俺はキミから離れたい。
そうすればきっと幸せに……
『……私が怖いのは、そんな颯太さんとの関係がなくなってしまうこと。』
『それなのに……颯太さんは私を置いて行っちゃうの…?』
……なれるのか?
「…………っ」
こんなにも想ってくれている彼女を
涙を流して必死に想いを告げてくれた彼女を
この先ずっと突き放すのか?
引かれてしまっても仕方がないことをしたというのに、キミは俺から離れたくないと言ってくれた。
それは、俺を傷つけないために言ってくれた優しさだと思った。
そう思い込ませてしまっているんじゃないか、って。
このまま俺のそばにいれば、傷つくのはキミの方だというのに。
これ以上その純粋な心を汚したくなくて、これが一般的な愛情なんだと思って欲しくなくて。
だからこそ、キミが壊れてしまう前に離れようと思った。
こんなに人を好きになったことも
ずっと大切にしたいと思ったことも
全部全部キミが初めてなんだよ。
だからこそ……離れたいんだ。
キミにはずっと笑顔でいてほしいから。
周りが明るくなるような、とても素敵な笑顔で毎日を過ごしてほしい。
彼女には幸せになってほしい。
………けれど、
その幸せを壊そうとしているのは
「……俺、なのか…?」