執事的な同居人
────と、これが数日前の話。
そして今は、その数日後。
「笑顔になっていたな」
「……え?」
石沢さんの言葉にハッと我に返る。
「紀恵が笑顔になっていた。
何もかも満たされた、そんな笑顔に。」
俺の心を何もかも見透かして、
優しく理解するような目をする石沢さんに、
俺も笑みを浮かべた。
「でもなぁ~
父親にとっては、ちょっと複雑だ!」
ハハッと笑いながら
少し寂しそうな表情をする石沢さん。
「大事に育ててきた娘を誰かに渡すというのは、なかなか抵抗があるというものだ」
「なので手放す気はない、と?」
俺の言葉に石沢さんは喉の奥で小さく笑った。
「そう言えば、お前は諦めるのか?」
言わなくとも、
俺がなんて答えるのか分かっていながら
またしても俺を試すようなことを言う。
その事実に俺はクッと笑って、
「──いいえ。絶対に手放しませんよ、俺も。」
" 俺 "という言葉を使い、ニヤッと笑ってみせた。
「俺はとんでもない奴の背中を押してしまったみたいだな~。どうも勝てそうにない」
「そう思っていただけると幸いです。」
クスクス笑う石沢さん。
石沢さんとこうやって笑い合える関係が
なんだか、とても、居心地がいい。
「───で。いつ引越しさせようか。島崎が時間に余裕のある時にでもと思っていたが、紀恵が望むのなら今週中にでも…」
「石沢さん。」
言葉を遮るようにして、名前を呼ぶ。
それは石沢さんの考えに言いたいことがあるからで、
「同居は考えていません。このまま、離れた距離を維持しようと思っています。」
「なぜだ?紀恵と一緒に暮らしたくないのか?」
「……そうではありません。
先日、少し離れた所にある場所へ長期間の出張をお願いされました。離れた場所だといっても、ここから1時間ほどの場所ですが。
それは俺にとっても悪い話ではないため引き受けようと思っています。……なので、今度は俺があの家から引っ越すつもりです。」
「そうか……なら、紀恵はまだ俺の傍から離れないということだな?」
分かりやすく口元に笑みを浮かべる石沢さん。
「嬉しそうですね」
その姿にクスリと笑ってしまう。
「……ですが。
出張なのでもちろん期限があります。
ちょうど今から1年半後。
紀恵さんが高校を卒業してから数日、
俺はまたあの家に帰るつもりです。」
「ほーう?」
ニヤニヤと笑うその笑みは、
またしても俺を試しているかのよう。
だったら俺だって。
「石沢さん……俺に言いましたよね?
『強引に同居を勧めてしまった罰として、お前にはあの家をやる』と。
だったら俺がまたあの家に帰ってこようが、
それは許されることですよね?」
言いたいことは、言わせてもらおうか。
挑んだ表情を眼に浮かべ
ニッと笑う俺に対し、
「ほんと、お前には勝てる気がしないな」
石沢さんは、ふっ、と笑った。