執事的な同居人
「紀恵さんが仰っていたことですよ。
俺はキミの彼氏。
だったら、あなたは俺の彼女。
敬語を使うのはおかしい、ってね。」
途中「あっ、」と何かに気づいたように声を漏らした颯太さんは、パッと口元を手で覆って。
「まあ……俺もまだ慣れてないけど」
敬語を使っていたことに気づいたらしく、苦笑い。
「……そんなに難しいことなの?」
「難しいね、あなた相手だと。
敬語ならいつも通りに接することができるけど、…タメ口になるとなんだか少し緊張してしまう。」
と、照れくさそうに。
颯太さんも……すぐには出来ないことがあるんだなって。
「………ふふっ」
思わず、笑みが溢れた。
「…何が可笑しいんですか」
「また!敬語になってるよ!!」
「あっ。」
「しまった…」と。
悔しがるその顔も、普段は見られない。
「颯太さんってちょっと負けず嫌いなところあるよね」
クスクスと笑っていると、なんだかさっきまで悩んでいたことが嘘のように、今この瞬間が楽しくなる。
笑みを浮かべる私に颯太さんも微笑んで。
「………ん?」
不意に私の顎を掴まれると、クイッと鏡の方へ顔を向かされた。
鏡越しに目が合うのは自分自身。
その目線を少し上へと向ければ、そこには意地悪な顔をする颯太さんが映ってる。
「さっきも言ったけど、俺だけ課題があるのはフェアじゃないよね。」
「うっ……」
「俺も慣れないことを頑張ってるんだから、」
掴まれている顎を再びクイッと上に向かせられると、
「───ほら、呼んで。」
甘い声で囁かれては
「っ…、そ……うた…っ」
途切れ途切れだけど、ちゃんと呼び捨てで。
身体から煙が出てしまうほどに恥ずかしい…。
満足気に微笑む彼。
鏡に映る私は、まるで林檎のようだった。