アンドロイド・ニューワールド
と、ひとしきりラテアートに感心したのは良いのですが。

私はそのとき、このラテアートの致命的な欠点に気づいてしまいました。

思えば、何故最初に気づかなかったのか、疑問です。

奏さんは、このことに気づいているのでしょうか?

気づいていないのだとしたら、とても傷つけてしまうかもしれません。

しかし、言わずに黙っておくことも出来ません。

「…奏さん」

と、私は満を持して奏さんに言いました。

「何?どうかした?」

「私、今気づいたんですが」

「何に?」

「どんなに精巧なラテアートを作ってもらおうと、素晴らしいナスカの地上絵だろうと、リアルなナイルワニだろうと…所詮、これは飲み物です」

「う、うん…?」

「この精巧なラテアートの下には、ただのコーヒーしか入っていないんです。そしてそのコーヒーを飲もうとしたら…」

と、私は言いました。

身も震える思いです。

「…マグカップを傾けた時点で、ナスカの地上絵が消えてしまいます」

「…うん。そんな青ざめた顔しなくても…。当然分かってるものだと思ってたよ」

と、奏さんは言いました。

奏さんは気づいていたのですね。この残酷な事実に。

「まさか、ナスカの地上絵が消されてしまうことになるとは…。これは歴史上において、非常に重大な損失になります」

「…うん。そんな壮大な話ではないと思うよ。それ、ただのラテアートだから」

「まさかナスカの地上絵が消されてしまうとは…!人類の叡智とは、こんなに儚いものだったのですか?」

「…うん。全然話聞いてないね」

と、奏さんは小声で言いました。

「消えゆく定めだというのですね…。しかし、仕方のないことです。どんなに偉大な発見や発明であろうとも、日の目を浴びることなく消えていく…。我々が気づいていないだけで、そんな事例は山程あるのでしょう」

「…うん…」

「短い出会いでした。そして、尊い出会いでした。ここでこの素晴らしい地上絵が消えてしまっても、私の記憶の中には、確かに残ります。そして私の記憶に残る限り、その存在は完全に消えたことには…」

「あの、瑠璃華さん」

「なりません。永遠に、私の記憶の中で存在し続けることでしょ、」

「記憶の中に残せば良いのは確かだけど、その前に写真を撮って残すのはどうかな」

…と、奏さんは言いました。

…その手がありましたか。

全く思いもよりませんでした。

「…奏さん。あなた、もしかして天才ですか?」

「…」

「あなたには発明家の才能がありますね。就職先にお困りなら、『Neo Sanctus Floralia』を紹介しますね」

「…それは結構です…」

と、奏さんは言いました。

辞退されてしまいました。残念です。
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