アンドロイド・ニューワールド
掃除の後、五時間目の授業が始まるまでのインターバルは、およそ10分ほどです。

そしてこの日の五時間目の授業は、化学。

化学、そして生物の授業は、普段の教室ではなく、校内の二階にある理科室で行われます。

しかも、この学園の理科室は、校舎西棟の端っこに位置しています。

だから、東棟に教室があるクラスは、移動するのにとても時間がかかります。

が、私達のクラスは元々西棟にあるので、階段を上るだけで、さほど時間をかけずに移動出来ます。

学年が上がったら、教室が東棟になって、理科室から遠ざかることになってしまうのでしょうか。

あまり考えたくないですね。

ともあれ、私は掃除が終わってから、五時間目が始まるまでの約10分の間に。

教科書とノート、筆記具を持って、教室を出…、

…ようとしたときに、それは起こりました。

「あっ…」

教室の扉付近で、衝突事故が発生していました。

車椅子に乗った男子生徒が、扉を開けて出ようとしたところに。

湯野さんと悪癖お友達の一人が、男子生徒の横をすり抜けるように、無理矢理割り込んできた為に。

湯野さんと悪癖お友達の一人は、男子生徒の乗っていた車椅子に、ドン、とぶつかってしまったのです。

ぶつかったと言うか、軽く当たった程度ですが。

しかし、車椅子の男子生徒は、後ろからいきなり、割り込むように通り抜けてきた悪癖お友達の存在に、全く気づいていなかったらしく。

軽く当たった程度ですが、膝の上に乗せていたテキストやノート、筆記用具一式を、廊下にぶち撒けてしまいました。

また、筆記用具を入れていたペンケースのチャックが、ちゃんと閉まっていなかったのか。

ペンケースの中のシャープペンシルや消しゴムなども、廊下に散らばっていました。

交通事故ですね。

慌てて、足元に落ちたテキストや筆記用具を拾おうとする、車椅子の男子生徒ですが。

湯野さんの悪癖お友達は、自分がぶつかった相手に謝罪することも、落としたものを拾うこともなく。

何事もなかったかのように、振り向きもせず、すたこらさっさと歩いていきました。

更に、その様子を見ていた、近くにいた別の生徒達も。

声をかけることも、落としたものを拾ってあげることもなく。

何事もなかったように、まるで彼の存在など見えていないかのように、彼の横を通り過ぎていきました。

残されたのは、懸命に廊下に散らばったものを、屈み込むようにして拾い集める車椅子の男子生徒のみ。

…。
 
…冷たい世の中ですね。

私は彼の傍に寄り、しゃがみ込んで、落ちていたシャープペンシルと消しゴムを拾い上げました。

「あ…」

車椅子の男子生徒は、驚いたように私を見ました。

「どうぞ」

と、私は彼に落とし物を渡しました。

「あ…ありがとう」

と、車椅子の男子生徒は答えました。

…ん?そういえば、この車椅子の男子生徒。

いつぞや、私に購買部の所在地を教えてくれた方ですね。

「いえ、大したことでは」

と、私は答えました。

それよりも。

「クラスメイトの方々は、心に余裕のない方が多いのですね。目の前に落ちた落とし物を、拾ってあげるくらいの親切心もないとは」

と、私は言いました。

私に心はありませんから、そんな私が親切心という言葉を使うのは、間違っているかもしれませんが。

何と言いますか、あの人達は。

困っている人が目の前にいて、多少自分の労働力と時間を提供すれば、その人を助けられる、という状況においても。

とにかく、自分のやるべきことだけを優先されるのですね。

非常に合理的、ですが。

以前読んだ本の中に、人間、空に向かって唾を吐けば、自分の顔に落ちてくるという記述がありました。

つまり、自分のしたことは、いつか必ず自分に返ってくるという意味ですね。

裏を返せば、自分のしなかったことは、いずれ自分もしてもらえないということです。

あの人達はきっと、自分が財布から小銭をぶち撒けたとしても、誰にも拾ってもらえないでしょうね。

それどころか、小銭をくすねられる可能性もあります。

でも、世間ではそれをこう言います。

因果応報、と。
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