アンドロイド・ニューワールド
それはともかくとして。

そんなことをしていたら、既に授業開始五分前。

既に教室の中には、一人もクラスメイトは残っていません。

私も、こちらの車椅子の男子生徒も、早く理科室に向かわなければ、遅刻してしまいます。

「急ぎ、理科室に向かいましょう」

と、私は言いました。

が、

「う、うん…。そうだね、それじゃ…」

と、車椅子の男子生徒はそう言って。

何故か、理科室に向かう階段とは、反対の方向に車椅子を向けました。

何をしているのでしょう。

「どうしてそちらに向かうのですか?理科室は西棟、この上ですよ」

と、私は教えました。

私よりも、中学生のときからこの校舎で過ごしている彼の方が、校舎内の地理には詳しいはずですが。

もしかして、とても方向音痴なのでしょうか。

すると。

「うん、そうだけど…。俺は、エレベーターに乗らなきゃいけないから…」

と、車椅子の男子生徒は答えました。

「成程、確かにあなたは車椅子ですから、階段は上れませんね」

と、私は言いました。

この学園の階段には、車椅子用の昇降機はついていません。

しかし代わりに、校内にエレベーターが設置されています。

納得しました。

でも、納得出来ないことがあります。

「エレベーターなら、西棟と東棟、両方にあったと記憶しています。西棟のエレベーターを使えば良いのでは?」

と、私は聞きました。

彼の向かっている方角は、東棟です。

東棟のエレベーターに乗ろうとしているものと推測します。

が、エレベーターなら、西棟にもあります。

理科室は西棟にあるのですから、わざわざ東棟のエレベーターを使って、遠回りする必要があるとは思えません。

すると。

「あ…。えぇと、西棟のエレベーターは、俺が入学する前に、とっくに故障してて…。そのまま、直されてないんだ」

「…」

「それまで、車椅子の生徒はいなかったらしくて…。直す必要がないって…それで…」

「…つまりあなたは、向かう先が西棟だろうが東棟だろうが、階の上り下りをするには、例外なく東棟のエレベーターを使用するしかない、という状況なのですね?」

「うん…そう」

と、車椅子の男子生徒は頷きました。

成程、理解しました。

「しかし、授業開始まであと五分足らずです。今から東棟のエレベーターに向かっていては、授業に間に合いませんよ」

「うん…。分かってるけど、でも他に方法がないから…。…その、君だけでも…先に行って。急げば、君だけなら遅刻せずに済むよ」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

自己犠牲の精神ですね。

俺のことは諦めろ、お前は俺の屍を越えてゆけ、という奴です。

しかし私は、彼の屍を越えていく趣味はありません。

何故なら、私にはこの状況を打開する為の策があるからです。
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