月光蝶
「蝶々さん、ちゃんと飛べたね!」
「……うん、良かったね。さ、僕らも帰ろうか」
再び利香の手を握ってにこりと微笑み返しはしたものの、まだ僕の心拍数は異常な程に早かった。
あくまで【言い伝え】であるあの話を心から信じている訳ではない。
けれど、もし。もし本当だったならば……?
「……お兄ちゃん、どこ行くの?」
利香に手をぎゅっと引かれ我に返った。
あろうことか、自分の家の前を素通りしようとしていたのだ。
「あぁ、ごめんね。帰ろうか」
鍵のかかっていない扉を開けて中に入ると、数時間前とは打って変わって闇と静寂に包まれていた。
「ただいま……」
返事はない。二人とも寝てしまったのだろうか?
いや、普段なら母は僕たちの帰りを待って起きている筈だ。
プルルル……
静寂を切り裂いたのは電話の音。
こんな時間に?
そう思いながら受話器を取ると、母の焦りと困惑に満ちた声が僕の耳に入ってきた。
『大変、お父さんが―――』
話を全て聞き終える前に、僕はへたりとその場に座り込んでしまった。