月光蝶



 ―――父の葬儀から一ヶ月。
以前の生活からは考えられない程静まり返った家をこっそりと抜け出した。



(雲のない満月……出現日和かもしれない)



 ……そう。
僕は再び、あの月光蝶を探しにやって来たのだ。

 まずは以前見かけた家の庭に行ってみた。
しかし、今日は蝶どころか桶の水は全て無くなってしまっている。
そういえば、ここ数日は晴れ渡る日が続いていた。



(水場を探すだけでも大変かもな……)



 家の庭、学校の水飲み場、道端に捨てられた空き缶の中……。
もう数時間は近所を走り回っただろうか。
疲れてふらふらと歩いていた僕の目に入ったのは、家から少し離れた公園の大きな噴水だった。

 昼間は子供たちで賑わっているであろうそこは、寒気がする程の静寂に包まれていた。
休憩を兼ねてベンチに腰掛け、噴水を観察する事にした。

 ……だが、普段運動などしていない僕の体力は限界だった。
少し気を抜くと目蓋がどんどん下りてくる。



(あぁ、もう無理かもな……)

 心が折れそうになった。

だが。



(……!!)



 蝶だ。
一羽の蝶が、ひらひらと噴水に向かって飛んできた。
僕の睡魔は一気に吹き飛び、一心にその蝶の行方を目で追った。

 ……予想通り。
蝶は横の花壇には目もくれず、そのまま噴水の水面、綺麗な月が映し出されている部分に着地した。

 そっと近づき、先月と同じようにゆっくりと蝶を掬い上げる。



(月光蝶……)



 僕の願いはただ一つ。



(一ヶ月前に……初めてお前に出会う前に時間を戻してくれ……!)



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