夜風のような君に恋をした
塾帰りの、午前九時過ぎ。

いつもの高架に行くと、いつものように、冬夜は欄干に両手を乗せて物憂げに夜の道路を見下していた。

そして私に気づくと、おとついと同じ優しい目をする。

「この間はどうだった? 家、怖くなかった?」

「うん、怖くなかった。大丈夫だったよ」

私は頷いて、彼の隣に並んだ。

実際、おとついは家に帰ってみると、朝までお通夜みたいだった雰囲気が、すっかりいつも通りに戻っていた。

空元気のお母さんに、今日も家にいないお父さん、部屋の中で息を潜めているお兄ちゃん。

前日の惨劇をなかったものにするかのような、不自然な空気感に吐き気がしたけど、ホッとしたのも事実だ。

そして冬夜が一緒にいてくれたことで、怖気づいた私の心を奮い立たせてくれたのも。

冬夜が送ってくれなかったら、私は昨日、家に帰れなかったかもしれない。

「冬夜、あのね」

“今日あったいい出来事”の話に入る前に、思い切ってあのことについて話してみる。

「ん?」

私の様子がいつもとは違うことに気づいたのか、冬夜は少し不思議そうな顔をした。

「……どうして、居場所がないだなんて言ったの?」
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