夜風のような君に恋をした
「ただいま」

玄関扉を開け、リビングに入ると、驚いた顔のお母さんがキッチンから出てくる。

「雨月? どうしたの、学校は?」

「熱が出て早退したの」

胸がドキドキしているのは、ここしばらく学校を休んだり早退したりした覚えがないからだ。

お母さんが、どう反応するかわからなくて怖い。

だけどお母さんは、すぐさま心配そうに眉を寄せると、私のおでこに手を当てる。

「あら、ほんと。大変だわ、連絡してくれたら迎えに行ったのに」

「37.5度だから、そんな大したことないと思ったの」

「とにかく今日はもう勉強はいいから、今すぐに寝なさい」

こんなに親身になってくれるお母さん、いつぶりだろう?

怒られるんじゃないかと思っていたから、意外だ。

「お弁当は食べたの?」

「食べずに帰った。ごめんね」

「そんなことで謝らなくていいのよ。お粥用意してあげるわね、あと風邪薬と」

言ったものの準備をするために、あたふたと動き出したお母さん。

まるで、子供の頃に戻ったみたいだ。

お兄ちゃんが引きこもりになる前の、今よりずっと朗らかで普通だったお母さんに。

少し泣きそうになったけど、喉のあたりでこらえる。

「うん、ありがとう……。あ、そういえば」

「ん? どうかした?」

「さっき駅でお兄ちゃんみたいな人見たんだけど、見間違いかな」

「きっとお兄ちゃんよ、さっき出かけたばかりだもの」
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