夜風のような君に恋をした
お母さんは当然のように答えると、流しの下から出した片手鍋に、ジャーッと水道の水を入れる。

お母さんの言葉に、私は耳を疑った。

「お兄ちゃん、外出たりするんだ。知らなかった」

「毎年、この時期だけ出かけるのよ。九月終わりとか、十月始めくらい。いつもは雨月が学校行ってる時間だったから、知らなくて当然よ」

「そうなんだ。どこに行ったの?」

「お墓参りよ」

「お墓参り? 誰の?」

「中学と高校が一緒だった友達よ。高校の時亡くなったの、言ってなかったかしら?」

「うん、知らなかった……」

私と年の変わらない高校生で亡くなってしまうなんて、悲しすぎる。

お兄ちゃんの過去に、そんなことがあったなんて。

一日中部屋の中でじっとしているお兄ちゃんが、お墓参りのために一年に一度外出するなんて、よほど仲がよかったのだろう。

腹立たしさから目を逸らしていたお兄ちゃんの過去に、急に興味が芽生えてくる。

お兄ちゃんが引きこもりになったちゃんとした理由は知らない。多くの人と同じように、学校で人間関係がうまくいかなくなったとか、勉強が嫌になったとか、部活に疲れたとか、そういうことだろうと勝手に思っていた。

だけど。
――『多分お兄さんにはお兄さんで、苦しんでるんじゃないかな』

いつかの夜の、冬夜の言葉を思い出す。冬夜がときどきくれる言葉は、思いがけず私の背を押してくれたのだ。
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