夜風のような君に恋をした
「ねえ、お母さん」

「ん?」

「お兄ちゃんは、どうして今みたいな状態になったの?」

トントン……とリズミカルにネギを刻んでいたお母さんが、手を止め、中空を見つめる。

「あの子がちゃんと言わないから、はっきりとはわからないし、原因はひとつじゃないのかもしれないけど……」

何かをあきらめたような目で語るお母さんは、今まで幾度も、お兄ちゃんが引きこもりになった理由を考えてきたのだろう。

ときに自分を、ときに誰かを責めながら。

「五年前に、その友達が亡くなったことが大きなきっかけになってるんだと思うの。……自殺だったらしくて」

気持ち、声を潜めたお母さん。

――自殺。

なんて悲しい響きの言葉だろう。

その端的で残酷な言葉を耳にしただけで、鋭い刃で刺されたみたいに胸が痛い。

「そうだったんだ……」

それ以上は、言葉にならなかった。

何も考えられなかったし、ただ胸の痛みを感じながら、その場に立ち尽くす。
< 130 / 232 >

この作品をシェア

pagetop