夜風のような君に恋をした
だから私は慌てて、「嫌いになんかなってないよ」とつけ足す。

「そんなんじゃなくて……。忙しくて来れなかっただけだから」

すると冬夜はようやく納得したように、小さく頷いた。

黒い瞳が、ホッとしたように揺らいでいる。

同情だけで、私と一緒にいただけなのに、冬夜はどうしてこんな目をするのだろう?

「あのね、冬夜。私の“今日あったいい出来事”聞いてくれる?」

「うん、もちろん」

冬夜は本当にずるい。

そうやって安心したように無邪気なきれいな顔で笑われたら、心がざわめかずにはいられない。

「大嫌いなお兄ちゃんのこと、少し理解できたの」

「お兄さんって、引きこもりの?」

「うん。お兄ちゃんが引きこもりになった本当の理由を知って、お兄ちゃんの見方が変わったんだ。今まで、理由を知ろうとも思わなかった。冬夜が前に、お兄ちゃんも苦しんでるんじゃないかって、言ってくれたおかげだよ」

お兄ちゃんは、もともとは愛嬌があって、私とは違って友達を大事にする人だった。

きっと、私には想像もつかないほどの苦しみを抱えているんだと思う。

友達が自殺なんて、考えただけでも身が凍る。

「私がするべきだったのは、お兄ちゃんを憎むことじゃなくて、支えることだったんだと思う……」

ギスギスと胸を痛めながら、誰にも言えない心の声を、冬夜に聞いてもらう。

冬夜にしか言えないから……。
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