夜風のような君に恋をした
だけど、心の奥に芽生えた感情に、素直に目を向けようとしたそのとき。

冬夜が私の背後に視線を向け、「あれ?」と声を上げる。

「友達だ、最近よく会うな」

「友達?」

振り返ると、なるほど、階段を上ってくる細長いシルエットが見える。

暗いから顔はよく見えないけど、うっすらと見えるボーダーのネクタイはK高の制服で間違いないようだ。

「毎朝一緒の電車で学校行ってるやつなんだ。あいつも駅前の塾に行ってるって言ってたから、もしかしたら雨月と同じ塾かも」

「あ、市ヶ谷!」

すると、その友達らしき彼がうれしそうに大声で叫んだ。

片手を大仰にブンブンと振りながら、こちらに駆けてくるシルエット。

だけど私は落ち着いて彼の姿を目で追えないほど、心の内で激しく動揺していた。

彼の声に、怖いほど聞き覚えがあったからだ。

ほんの五年前、だけど私にとっては大昔にも思える頃、耳にしていた、その声。

「また会ったな! コンビニにそんなに用があるのかよ」

私たちに近づきながら、茶色い短髪の彼は、声を弾ませてニカッと仔犬みたいな人懐こい笑みを浮かべる。

冬夜に会えたことが、さも幸せとでもいうように。

「一輝、今日も居残りだったのか?」

余所行きの笑みを浮かべる冬夜。

私の胸の中で、ドクンドクンと、今までにないほど心臓が暴れている。
どうして? 

こんなこと、あり得ない。

何もかもが、奇妙で、不自然で、あり得るはずがない。
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