夜風のような君に恋をした
――カタン。

絶望的な音を響かせ、私の掌から床へと落下するスマホ。

ほぼ同時にお兄ちゃんが階段を上る音が聞こえ、パタンと、下界と自分の部屋を遮断するようなドアの音がした。

「……はっ」

動揺で、頭の中がどうにかなりそうだ。

呼吸の仕方すらわからなくなって、どうにか正気を保つために、口元を両手で覆う。

「そんな……、うそ………」

市ヶ谷冬夜という高校生は、五年前、すでに亡くなっていた。

駅前のあの高架から、夜の国道に真っ逆さまに転落して。

ニュース記事には事故としか書かれていなかったけど、実際は自殺なのだろう。

だって、お母さんがそう言っていたから。それから、冬夜の友達だったお兄ちゃんが、自分を見失うほどにショックを受けたのだから――。

夜の静けさが、身に染みる。

あまりにも静かで、何の音も聞こえなくて……ここが冬夜の存在しない世界だということを、否が応にも思い知らされた。

冬夜は十六歳のまま、あのきれいな姿のままで、夜の闇の中に消えていた。

混乱した頭では、何がどうなっていたのかなんてわからない。

それでも午後九時過ぎからのあの数十分、塾の行き帰りに通るあの高架が、五年前に繋がっていたことだけは、かろうじて理解した。

夜という特別な時間が見せてくれた、幻のひととき。

そこで私は五年という時を隔てて、市ヶ谷冬夜という死んでしまった高校生に出会い、そして彼を知った。

「冬夜……」
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