夜風のような君に恋をした
いつもなら十分考えても捻り出せそうにない問いだったけど、今日は運よく、わりとすぐ答えが見つかった。

「友達に頼まれ事をしたけど、断れたことかな。頼まれたら断れない性格なんだけど、今日は頑張ったと思う」

昨夜君に言われたことを思い出したから、とは言えなかった。

それを告げてしまえば、彼との出会いを特別だと認めているようで、なんだか癪だった。

「やっぱりいい人ぶってるんだね」

「うん、いい人ぶってる」

自分でも驚くほど素直に、私は頷いていた。

いい人のフリをし過ぎて、最近は本当の自分がどんな人なのかすら思い出せないって言ったら、彼はドン引くだろうか。

すると彼が、フッと短く息を吐いてまた意地悪く笑った。

「俺だって大分猫かぶってるから一緒だよ」

「知ってる」

毎朝電車の中で見る彼の姿を思い出す。

朝の柔らかな光の中で友達と話をしているときの彼は、清涼感に満ち溢れていて、世の中の汚いところなど何ひとつ知らないような顔をしていた。

闇を背景に意地悪く笑う今の彼に、その姿は重ならない。

おそらく、こっちが素の彼なのだろう。
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