夜風のような君に恋をした
闇に沈んだ夜の世界は、人の本性をさらけ出すらしい。

私だってそうだ。愛想笑いをしていない今の自分は、素の姿に近いんだと思う。

「知ってるって、なんでだよ。昨日初めて会ったのに」

「何となく、そう思ったの」

毎朝同じ車両で会ってることなんて、彼は気づいてもいないみたい。

自分だけ彼を意識していたのは予想の範疇だったから、傷つくことはなかった。

「今度は君の番だよ。“今日あったいい出来事”」

「俺? 俺は、えーと……」

自分の答えを用意していなかったようで、彼は小さく唸り始めた。

捻りだすように首を二・三度傾げた挙句、彼はようやく答えを見つけたらしい。

「ここから見える景色が、今日はなんだかいつもよりきれいにみえること、かな」

答えが言えたことにホッとしたのか、想像もしていなかったほど、彼は無邪気な笑い方をした。
 
見惚れるほど左右の均衡のとれた、一重のアーモンド形の目は、自然に笑うと少し吊り上がるらしい。

思わず目を奪われ、慌てて逸らした先には、アスファルトの車道をせわしなく車が行き交ういつもの夜の風景があった。

流星のように流れるヘッドライトの光と、オレンジ色の飲食店のネオン、信号機の赤や青。

彼が言うように、ほんの少しだけ、今日の景色はきれいな気もする。

うんざりするほど見慣れた、どこにでもある街の、ありふれた景色でも。
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