夜風のような君に恋をした
「そうだね」

気の利いたことが言えない自分がもどかしい。

だけど死にたがりをこじらせてるらしい彼は、気の利いた言葉など求めていないだろう。

どこかで、車のクラクションの音がした。

学生鞄の中のスマホを確認すると、もう九時半を過ぎている。

あまり遅くなると、お母さんが心配する。

ただでさえ疲れているお母さんに、これ以上負担をかけたくない。

「もう遅いから、帰るね」

私は学生鞄を持ち直すと、彼の隣を離れた。

だけど数歩進んだところで「待って」と呼び止められる。

立ち止まり、振り返ると、欄干の前にいる彼がしっとこちらを見ていた。

「俺、冬夜(とうや)。冬の夜って書いて冬夜」

「……私は雨月。雨の月」

今さらな自己紹介に恥じらいが込み上げ、すぐにまた彼に背を向けた。

雨月、と私の名前を反芻する彼の声が、背中越しに微かに聞こえた気がした。

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