夜風のような君に恋をした
「朝ご飯、上に持っていくね」

「いつもありがとう、助かるわ」

冬夜と会うようになって、一週間が過ぎた朝。

私はいつものように、朝ご飯をお兄ちゃんの部屋へと運んだ。

お母さんの目、また今日も腫れていた。昨夜、布団の中で泣いたのだろう。

先週の塾の定期テストの結果、悪くなかったのにな。

どんなに私が努力しても、この家の重苦しさは消えてくれない。

そんな考えが頭をかすめ、やりきれなくなる。

たけど私は、前ほど、死にたいとは思わなくなっていた。

「朝ご飯、ここに置いとくね」

ドア越しに、もう“お兄ちゃん”と呼ばなくなって久しい彼に声をかけ、廊下の床にコトリとお盆を置く。

ちょうどいい焼け具合のトーストに、キウイとヨーグルト、それからアイスコーヒー。

もちろん、ドアの向こうから返事はない。

別に、劇的な何かがあったわけじゃない。

ただ塾帰りに、自分と同じような死にたがりの男の子に会って、ほんのひととき一緒に過ごしているだけ。

だけどそれだけのことで、私の普遍的ながんじがらめの世界は、少しずつ形を変えようとしていた。
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