夜風のような君に恋をした
夕方。

物音をたてないようにして玄関扉を開けた俺は、玄関先で脱いだスニーカーをそろえる。

玄関には、見慣れない小さめのスニーカーが散乱していた。

小五年の弟の(しょう)の友達が来ているようだ。

宵は今、小学五年生。

小学生男子が集うと家がひっくり返りそうなほど騒々しいけど、もう慣れている。

手を洗うために洗面所に向かう途中、ジュースとお菓子の乗ったお盆を手にした恵里さんと鉢合わせた。

きれいに巻かれた髪に、薄ピンクのカーディガン、ベージュのタイトスカート。

どう見ても高校生の母親に見えない若々しい格好の恵里さんは、俺に気づくとあからさまに気まずそうな顔をした。

俺も、フイッとそっぽを向く。

そしてその場に漂う重苦しい空気に気づかないフリをして、洗面所に入り、黙々と手を洗った。

トントン……と恵里さんが階段を上る音を、背中で聞く。

ああだこうだと言い合っている子供たちの声が、恵里さんが部屋のドアを開けた一瞬だけ、大きく聞こえた。

俺の戸籍上の母親である恵里さんとは、もう久しく話をしていない。

父さんともだ。

この家で俺に話しかけてくるのは、宵だけ。

俺の家族は普通じゃない。

いいや、その言い方には語弊がある。

家族はありふれていて、普通だけど、俺だけが異常なんだ。

俺の本当の母さんは、俺が幼い頃に亡くなった。

そのあと父さんは恵里さんと再婚して、宵が生まれた。

父さんと恵里さんと宵は、正真正銘の家族だ。

だけど恵里さんと血の繋がりのない俺は、この家で明らかに浮いている。
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