夜風のような君に恋をした
俺の態度を恵里さんが他人行儀に感じている云々よりも、“家族三人で”というサラリと飛び出した言葉が、頭の中で繰り返し鳴り続ける。

家族三人……その中に俺はカウントされていない。

それはつまり、恵里さんにとって、俺はただの厄介な同居人だということだ。

俺は、この家族に必要とされていない――。

自分なりに、家族になる努力をしてきたつもりだった。

だけどその瞬間、すべてが打ち砕かれ、あとには粉々になった心だけが残された。

それ以来、俺は恵里さんとも父さんとも口をきかなくなった。

ふたりとも、俺の態度が急変したのを、とやかくは言ってこなかった。

どうせ反抗期だろう、面倒事を増やしたくない――おそらく、そんな風に思ってるんじゃないだろうか。

恵里さんに至っては、家族の団らんの場に俺が姿を現さなくなって、ホッとしている様子だった。

『あらー、宵、上手に描けたわね!』

『これなら先生に褒められるのも納得だな』

『ほんと? 僕、すごい?』

『すごい、すごい! よく頑張ったわね』

風呂に入るとき、洗面所に行くとき。

廊下を通るたびにリビングから聞こえる明るい家族の団らんの声に、また心が掻きむしられる。

この家は、父さんが恵里さんと再婚したときに建てられた。4LDKの、ファミリーにおすすめの間取り。

『明るい環境で、宵をのびのび育てたい』という恵里さんの希望通り、芝生の庭に面した広くて明るいテラスがある。

思えば、ハナからこの家に俺の居場所なんかなかったんだ。

自分がこの世で一番惨めな存在に思えてくる。

だから学校では、少しでも自分の存在を認めてもらえるよう、誰にでも好かれるようないいやつを演じた。

本当の自分は、家族にさえ求められていないだなんて、学校の人間には気づかれちゃだめだ。

そうでないと、俺は今度こそ――本当に消えてしまうだろう。
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