夜風のような君に恋をした
恵里さんが階段を降り、リビングに戻った物音を確認してから、俺は二階に上がった。

「そこそこ、ジャンプ!」

「下手くそ! 俺に貸せよ!」

騒々しい小学生男子の喧騒の声をドア越しに耳にしながら、向かいの自分の部屋に入る。

勉強机にチェスト、それから本棚にパイプベッド。

モノクロのものばかりで、簡素で味気ない部屋の中、俺は脱力したようにベッドに身を横たえた。

「あー、今日も疲れたな……」

真っ白な天井を眺めながら、ため息に似た心の声を漏らす。

ふと視線を向けたベッドボードのデジタル時計は、夕方五時前を示していた。

夜九時まで、あと四時間。

最近、無意識にこんな計算をするようになった。

あの子は――雨月は、今夜はあの高架に現れるだろうか。

塾帰りにあの高架を通るらしい雨月は、毎日来るわけじゃない。

今日は会えたらいいのにって、抜け殻のような心に淡い期待を抱きながら、俺は彼女と出会った日のことにぼんやり思いを馳せた。
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