夜風のような君に恋をした
初めて雨月を見たのは、新学期が始まったばかりの九月の夜だった。

その日俺は、今までにないほど絶望的な気分だった。

俺にとって家は、窮屈なところだ。だから長い夏休みという窮屈な期間を経て、ようやく家から解放されると思ったのに、あろうことか学校で愛想をふりまく自分に反吐が出そうなほど嫌気が差したのだ。

――何やってるんだ、俺。

優等生で爽やかキャラの俺。本当は誰よりも嫉妬深く、劣等感にまみれているのに、神様が見たら呆れるだろうな。

そんな思いがむくむくと膨れ上がって、消えたい気持ちが最高潮に達した。

そして午後九時、あの高架に行って、いつものように遠く見えるマンションの明かりを眺めていた俺は、ふとこの闇に飛び込んでやろうと思ったんだ。

俺という人間が消失したことに、世間は最初衝撃を受け、哀れむかもしれない。

だけどやがてそんな騒ぎは風化して、俺という人間が存在したことなど、記憶の欠片にも残らないだろう。

秋風が吹く頃になれば、思い出すこともない、夏の風のように。

遅かれ早かれ、人間なんていつかは消えていなくなるのだから。

闇の中に浮かぶ、車のヘッドライトの明かりや、色とりどりのネオン。

まるで星屑のように煌めくそれらに『こっちにおいでよ』と誘われるように、俺は欄干に手をかけた。

だけどそのとき、微かな人の足音に気づく。

――闇間に、花が咲いたのかと思った。

それは、闇が深いせいで、彼女の色の白さが際立って見えたからだった。

実際は、青白いという表現の方が的確かもしれない。

それくらい彼女は顔色をなくしていて、胸元の制服のリボンの赤が滑稽に見えるほど、負のオーラを漂わせていた。

あれはたしか、Y女子の制服だ。年だって、多分同じか一個違いかくらいだろう。

『死にたい……』
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