夜風のような君に恋をした
三章 夜に泣く
「おはよ、市ヶ谷」

「おはよう」
九月半ばの、朝の電車。

一駅先から、今日も彼はいつもの車両に乗ってきた。

「今日の一時間目、体育だったけ。だるいなー。お前は相変わらず今日も爽やかだな」

「お前、そればっかだな」

市ヶ谷冬夜。

水色の半袖シャツにボーダーネクタイのK高の制服を着た彼は、今日もサラサラの黒髪で、爽やかな笑顔を友達に振りまいている。

運動部っぽい日焼けしたその友達は男の子なのに、冬夜と話すときはなぜか少し照れていた。

そんな冬夜にいつものようにチラチラと視線を向けている、周囲の女子高生たち。

朝の光の中で見る彼は、やっぱり眩しいくらいにきれいだ。

全身から清涼感が溢れ出ている、アイロンしたてのシャツみたいな人。

だけどそれが明るい時間だけの偽りの彼だということを、私はもう知っている。

夜になると、彼は私の前で、意地悪な言い方をしたり、不安そうな目をしたりする。

本当の彼は、家に居場所がなくて、学校で自分を演じるのにもうんざりして、死にたがっているのだ。

夜という特別な空間は、私だけではなく、彼のすべてをさらけ出してしまうらしい。
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